恋はまるで、粉雪のようで。
身支度を整えて駅に向かうと、改札の向こうに櫂くんの姿を見つけた。


スマホの電源を切るなんていう、大人げないことをしたからか。


うつむいて、一番離れている改札を通り抜け、足早に立ち去ったつもりだったけど、櫂くんには通用しなかったらしく、右腕をつかまれた。


「ひなたさん、おはよう。


電話つながらないから、どうしたのかと思って」


愛しい人の顔を見た瞬間、日曜に見た風景がよみがえった。



何から話せばいい?


大人として、どう振る舞うのが正解?


頭をフル回転して絞り出した言葉は、


「おはようございます、急ぎますので」


・・・返事になってないし。



「ひなたさん、俺なんか怒らせるようなことした?」


いつもと変わらない、櫂くんの表情に少しイラついた。


私が何も知らないって思ってるんだ。


ここはやっぱり、ストレートに言うしかない。


覚悟を決めた私は、あまりにもストレートすぎることを言ってしまった。



「日曜に池袋で何してたか、考えてみたら?


さよなら」



櫂くんは、私の態度に驚いたのか、見られていたと思っていなかったからか、私の腕をつかむ力がゆるんだ。


そのまま、私はホームに向かう階段を降りた。



涙で目の前がゆがんで見えた。


やっぱり、さよならするしかないんだ。


泣いたって櫂くんが戻ってくるわけじゃないのに。


朝の混雑した地下鉄で、涙を流す31歳は痛すぎる。


もう、あきらめたはずなのに。


どうして、涙が出るんだろう。









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