Margarita
扉を開けた先にいるのは弟で、今年24になる。本来の記載は義弟なのだろうが、家族の中で一番近しいのは彼であるため、隔てること無く弟と呼んでいる。そして、彼もまた。
「お兄ちゃんっ」
少し障害があるようにも取れる言葉遣いはたどたどしく、にこーと笑うその服はべたべたに絵の具で汚れている。昔から絵を描くのが好きだった彼は、道端で絵を描いていたと思っていたらあれよあれよと国立美大に入り、一枚、また一枚と売れた絵は人気になって。気付いた頃には、絵描きのセンセイになってしまっていた。
「お兄ちゃん?」
どうしたのー?と覗き込んでくる彼の右の一束長い髪を指に絡める。黒い髪の先だけが絵の具ではなく染髪塗料に赤く侵され染まっている。緑の大きな瞳は良く見ると左目だけ微かに明るい黄緑で。ぱちぱちと瞬く睫毛はキラキラと月の光に透けている。
生月那月。
これが、自らを月の子と呼ぶ変わった弟だ。
「いや、何でもないよ。寒かっただろう。おいで」
うー?という口癖を唇に乗せながら部屋に入って来た彼を、取り敢えずと玄関先で脱がせる事にする。汚れた服と汚れた那月をひょいと抱き上げて浴室へと向かう。いつもの事だが、もう少し綺麗に、大人しく絵をかけないものなのだろうか。幼稚園生の着るスモッグでも与えた方がいいのか。けれど、性格や言動の代わりのように成長した背は182cmだった筈だ。その長身が園児のような服という絵面は、なかなか不気味なものがある。しかしそれならばどうすればいいかと思いながら、浴室の椅子に那月を下ろす。自らのネクタイとシャツを洗濯機に入れ、那月の服は袋に入れる。スーツも汚れては面倒なため、スウェットに変えて一緒に浴室に入り。
「お兄ちゃん、おかえりのちゅうは?」
肌のそこここに絵の具をつけた色鮮やかな彼は、そう言うとわくわくと見つめてくる。ここは日本だし、那月と私は義理とはいえ兄弟だ。それに、那月の強請るそれは親愛を過ぎている。
「ちゅうー」
しかし待ちきれなかったのか、ふに、と柔らかく小さな唇が思考を遮るように重ねられる。ぺろ、と唇を舐められ、仕返しとばかりに下唇を食んでやると決まってくすぐったさそうな、けれど甘い吐息を零してくるのだ。
那月とのキスはいつも絵の具の味がする。覚えたくもないのに覚えさせてきた舌先を軽く噛んで唇を離す。
普通ではないけれど、不快でもないだなんて言えないけれど。
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