僕は君の右手になる

「ピアノを弾きにきたのではないなら、君は何をしに来たの?」

彼女は当然生じる疑問を僕にぶつけてきた。

──そうだ。僕は彼女の答えに質問したくてここに来たんだ。

「君は、昨日僕がどうして弾くのか聞いた時に、言っていたよね。まだ帰ってきてないって」

「そんな事言ったかな」

「言ったよ。僕はその意味を教えてほしくてここにきたんだ。」

彼女は昨日のことを覚えていないように言っているけど、

本当は覚えているんだと思う。

僕もここに来る前は、今日ここに来て彼女と話す前まで、覚えていないかもしれないと思った。


でも、さっき確信したんだ。昨日と同じように、腕をなくした、と言ったから。

意味の無い、変な表現を連続して使う人など早々いない。

それに、彼女はそのときニヒヒっと笑っていたけど、どこかもの悲しそうな表情をしていた。

だから、腕をなくした、という言葉にはきっと意味がある。

それならば少し考えてから答えた

帰ってきてない、

という発言にも意味があるはずだ。だってこの発言には確かに言葉を選んでいたのだから。

「意味はちゃんとあるよ。でも教えてあげない!」

楽しそうに可笑しそうに君は笑ってこう付け足した。

「ピアノを聞かせてくれたら教えてあげよう」

彼女はまたニヒヒっと笑って、ドヴォルザークの新世界第二楽章を弾き始めた。

故郷を思い出させるその曲を、左手で弾いた。
< 9 / 14 >

この作品をシェア

pagetop