偽りの御曹司とマイペースな恋を


「カレー食べるもん」
「それまでに体力つけろ。ここの飯じゃおいしいも何もないけど、ゼイタクは出来ない」
「あのね。一緒に寝てたマヤちゃんがね、昨日ここ出てっちゃったの」
「……」
「パパとママが出来たって言ってた」
「そうか」

少女は寂しそうに言う。でもパパとママの深い意味は知らない。
だが少年はこの施設が「そういう場所」であり子どもの出入りが
激しい場所なのを理解している。

だけど何も言わずただ頷いた。

「でもね、イツロくんが居るからさみしくないよ」
「ああ」
「そうだ。雪がふるかもしれないって。夜見えるかな」
「初雪か。どうだろ。見えたらいいな」
「初雪におねがいごとするとかなうんだって」
「へえ」
「しんじてない顔だぁ」
「それが本当なら願い事かなってる人間がこの世に何億と居るだろ」
「…そっか」
「でも、お前がやりたいならつきあってやる」
「やりたい」
「言うと思った」

笑いあって今夜の作戦をたてる。

監視の目を盗んで部屋を出て図書館まで来るルートはもう慣れたもの。
問題なく来る事が出来るだろう。最近ではおやつを食べずに取っておいて
優雅に読みながら食べるという事までしている。もちろん汚さないように。
そして今夜は雪が降るかもしれないから暖かい格好もして来ると付け足す。

「遅かったな」
「あたらしくきた子が泣いてあばれちゃって…慰めようとしたらけられた」

ちょっと汚れてはいるが小さなタオルケットを羽織って着た少女。
先に来ていた少年は心配そうに近寄るがその顔を見て驚く。
よほどその子は暴れまわったのだろう。頬に赤いあざがあった。

「…ちょっとかなしい」

少年を前に緊張が解けたのか眉を潜ませ目を潤ませ今にも泣きそう。

「我慢だ。泣いたらバレる」
「ぅう…かなしくなぁい」
「いい子だ」

歯を食いしばって我慢して何時も本を読む奥へ。
ここまで来ればもう見つかる事のない安全地帯。
カーテンを少し開けてみると寒いがまだ雪はない。

「いっぱいある」
「好きなだけ食べていいから」
「ありがとう」
「ちゃんと我慢したからな」
「…雪ふらないかな」
「何をお願いするんだ」
「いっちゃだめだよ」
「そうなのか?」

おやつを食べながら本を読んで何時ものように夜を楽しむ。
侵入するのも夜更かしも本当はいけないことは分かっている。
バレたら先生に怒られておやつも外で遊ぶことも出来なくなる。
もしかしたら少年と会えなくなるかもしれない。

だけどこの狭い世界ではその危険をおかしてでも大切な遊びの時間。


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