平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
夜の営業時間の女子お一人様はやっぱり珍しいみたいで、ふたりはなにかと気にかけてくれている。
たとえば玉子焼きが一切れ多かったり、お味噌汁が豚汁にグレードアップしていたり。細やかだけど嬉しいことをしてくれるのだ。

「本当は毎日でも来たいくらいなんですけど。わたしが湯水のようにお金を使えるセレブだったらなぁ」

「セレブはこんな定食屋なんて来ないでしょ」と笑い、腰を伸ばしてトントンと叩いている希さんから、布巾を奪ってテーブルを拭いた。

「店員さん、ほかに雇わないんですか?」
「私もいつまで手伝えるかわからないから、なんとかしなくちゃいけないとは思ってるんだけど」
「いちおう募集はかけているけど、なかなかね。まだ始めたばかりだから先もよめないし」

はぁ、と二人はピッタリ揃えてため息をついた。

壁に貼られた手書きの求人ポスターに眼を向ける。土日に出られる人となると学生くらいだろうか。だけど駅近の店などから比べると、時給が少し低いような気もするし。そうなると、なかなか厳しいのかもしれない。

「でもわたしだったら、ここの賄い付っていうのはすごい魅力だけどなぁ」

ぼそりと零した独り言に希さんが反応した。

「そうだ! 礼子ちゃんがバイトしない? 土日だけでも」
「はいっ?」

ずいっと大きなお腹で迫ってきた希さんに、思わず身を反らす。

「無理です。ウチの会社、副業禁止ですからっ!」
「じゃあ、報酬はお金じゃなくてここの食事食べ放題ってのは? 夜の片付けだけでも助かるんだけど」

大きな目をうるうるさせて手を握られる。た、助けてください、晃さん!

「……さらに、弁当付きってのはどう?」

必死で向けた視線ににっこりと菩薩様のような微笑みを返され、さらに蠱惑の一言を付け足す。
挙げ句の果てには、希さんがうっとお腹を押さえて、白々しいお芝居をしてみせた。

何なんですか、この人たちはっ!? がっくりと落とした首から恨めしげに睨め上げれば、ゴトリとカウンターにビールジョッキが置かれて、ダメ押しされる。

こうなったらしかたがない。

湯上がりの牛乳のように腰に手を当て、それを一息に呷ってみせる。ああ、受け取っちゃったよ、袖の下。

「予定がないときだけですよ。ちゃんと働いてくれる人がみつかるまでですからね」

自分の卑しい胃袋に呆れつつ、渋々ながらお手伝いを了承してしまった。
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