平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
カウンター席の向こう側で調理をしている人影は一人分しかない。接客は彼女が一人で切り盛りしているようだけど、大丈夫なのかな?
勝手にハラハラと彼女の働きっぷりを目で追っていれば、ほどなく「お先にこちらから」と中ジョッキが目の前に現れた。

どんなに寒くても、ビールはやっぱりキンキンに冷えていないとねっ!
絶妙な泡加減に、ゴクンと喉を鳴らす。
空っぽのお腹に染み渡る久し振りの苦味が、目まぐるしかった今日一日の疲れを癒してくれた。

気づけば店内のお客さんはわたしだけになっていた。

「肉じゃが定食、お待たせしました」

トレーに乗ったあらゆる器から、ほわりと湯気が上がっている。いっしょに届く香りに、ビールで忘れかけていた空腹が戻ってきた。

メインの肉じゃがを真ん中に、ご飯はチラシで謳っていた通りのヘルシーな雑穀米。お味噌汁の具は王道の豆腐とわかめで、わたしの一番好きな組み合わせだった。それに、お新香と黄金色のだし巻き玉子の小皿付き。

これで税込み650円はけっこうお得だと思う。

さっそく箸を取って、いただきますと手を合わせた。

「……美味しい」

まず一口飲んだお味噌汁にホッと息を吐く。
雑穀の入ったご飯ってポソポソするイメージがあったけど、ぜんぜんそんなことはなく。もっちりしていて、ときどきあるプチッと違う食感が楽しい。

中心までしっかり味の染み込んだじゃがいもはホクホクで、なのに不思議なことに煮崩れしていない。
それにこの味、なんだか――。

ふわふわの玉子焼きに箸を入れて2つに割った。大きめの片を口に入れて確信する。
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