俺様オヤジの恩返し
救い主を救いたい
その日は夕方までレッスンがあり、
店の出番は19時から0時まで。
三人接客して平日にしてはまぁ稼がせて貰った方だ。


地下鉄が無くなった後の時間なのでタクシー乗り場へ直行する……はずが、

誰かに腕を取られて驚いた。


「さ…西藤先生…?
なぜ…あぁ、どこかで飲んだ帰りですか?
どなたか、ご一緒する方が見つかったんでしょうか、良かったですね」


西藤先生は腕を引いて顔を寄せると怒った声で囁いた。


「『人妻天国』の愛さん、
あなた、いつから43歳に若返ったんですかね?」


全身、血の気が引く思い…とはまさにこの事。
な、なぜ?なぜバレた?顔出ししてないよ?


「どうしてバレちゃったのー?って顔してるけど。

七時前に入って行ったビルが風俗ビル。
その中に入ってる在籍年齢の高い店が二つ。
スマホで検索したらHPすぐ出てきた。
その二店のうち、今日七時出勤の風俗嬢は三人。
在籍写真と年齢、スリーサイズ、モザイクかかっててもだいたい判るもんだよ。
知ってる女をさがしてるんだからな。

店に問い合わせしてみたら、『ラストでよければ空いてますよー』ってさ。
指名で行ってみようかとマジで思った」


「……やめてくださいよ。
……お願いだから、誰にも言わないで。
そんな、ストーカーや探偵みたいなことして楽しかったですか?」


「……悲しかったよ……。
何で…何でこんなことやってるんだよ?!」


「あなたに説明する義理はありませんよね。
そっとしておいてくれないでしょうか?」


「俺の方に義理はある!
俺は、橘 理恵子のシンセサイザーを聞いて救われたんだから。
救い主が堕ちていくのを、救われた俺がほっとけるわけがないだろう?!」


「私があなたを救った?……身に覚えがありませんけど…」


「その話、してやるから、橘先生も理由話してくれよ?」


西藤先生は、私をタクシーに押し込んで運転手さんに知らない住所を告げた。
多分自宅だろう。

なぜ私が彼の話を聞いて、風俗で働く理由を話さなければならないのだろう?
話さないと教室にバラされちゃ困るけど。
そもそも救ったって何?


私は、不安と怖れと疑問が渦巻く頭の中を鎮める為に、
タクシーに揺られて沈思黙考していた。








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