俺様オヤジの恩返し
「あれ、全部自分で獲ったの?」


「あぁ……昔な。
怪我してからは演奏活動出来なくなって、ずっと指導だけ」

怪我したの?全然わからなかった…。


「俺は昔はさ、海外とか行って弾いていたんだよこれでも。
当時は結婚してて、子供が居なかったから一緒に連れ回してた。

10年前、
奥さん、なれない土地でフラフラ道路に飛び出してさ、
助けたときに腕の骨と神経、やられたんだ。

日常生活で気にならないほどには回復したけど、演奏家としては致命傷。
それから奥さん、精神病んじゃって……。
ビルから飛び降りて死んだ。

俺、その頃ゾンビみたいだったそうだ。
本当に死んでしまおうかと思ったんだ。

自暴自棄になって仕事もしないでブラブラしてた時に、ファッションビルのイベント広場で、
凄いオーケストラが聴こえると思ったら……。

橘 理恵子のシンセサイザー演奏だったんだ。

クラシック一本でやって来たけど、感動した。

一人でフルオケやってる橘先生見たとき、
この人、本当に音楽を楽しんでるんだな、って。
自分が楽しむことで人にも楽しんで貰えるんだって思った。

その時は俺より若い女だと思ってたから、何だか悔しくなったよ。

演奏家として世界を周れなくなったら、音楽業界で生きて行けないと思っていたけど、

そうじゃないんだ。

俺だって、まだ人に音楽を楽しんでもらえるだろ?って。

それで、ここで個人レッスン始めたんだ。
今の教室の講師の方は、まぁ、橘先生の追っかけ?

な?

救われたんだよ、橘 理恵子の演奏に」


「……そんな、私はただ、そこでいつも通りやってただけ……。」


「『いつも通り』が人を感動させるなんて、すごいだろ!

だから、何で…あんなことやってんのか知りたい。

救ってくれた女に、ガッカリしたくないって言うのもあるけど……、
それより、好きでやってるわけ無いんだから、今度は俺が救いたい。

……いつからだ?」





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