[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。

墜落飛行



墜ちるとわかっている飛行機に乗ろうと思う人はいないだろう。


同じように、背中に生えた翼が折れるとわかっていて、空を飛ぼうとする馬鹿はいない。


最も、僕の背中には翼なんてなくて、あるのは無数の火傷の痕くらいだ。


首筋から右頬にかけてじわりと広がるケロイドを見て、一度でも目を逸らした人間を信頼しろと言う方が無理な話で、テーブルの向かいに座る唯一長く付き合いのある女に対しても、僕はひとつまみの警戒を手放せなかった。


女は決して友達が多い方ではなく、人付き合いも苦手という、典型的な不器用さんで。

同じような性質を備えて、かつこんな傷を顔面に乗せている僕とは昔から気が合う仲だった。


そんな女は、二十歳になる頃には、『特別な存在』になっていた。


嫌いではないけれど、そばにいて安心しきれる存在でもなくて、それを伝えた時の僕の精神状態はまともじゃなかったのかもしれない。

言いたいことは言うけれど、言いたくないことはお互い頑なに隠そうとしてきた僕らだから、何かしらが壊れてしまう覚悟はしていた。


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