狂気の王と永遠の愛(接吻)を~イベント編~
「……なにが反抗期だよ……アオイ、今日弁当持ってきてないだろ? ミキなんか放っておいて昼メシ食い行こうぜ!」

"真面目に聞いて損した!"とばかりに大げさなため息をついたシュウ。彼は気を取り直すと唖然と佇む傍らの少女の手を引いて歩く。

「待って、ミキも一緒に……」

 いつものごとく優しく手を引いてくれるシュウだが、今日はそれ以上に優しい力加減だった。誘われて自然と歩き出す足だが、後方にいるもうひとりの親友へ気を掛けながら振り返ると、やれやれというようにミキが呟いた。

「万年反抗期のシュウがわからないのはしょうがないかもねぇ……」

「うるせーよ!」

 己の前後でやりとりを繰り返すふたりに挟まれて戸惑うアオイだったが、しっかり自分の後ろをついてくるミキにホッとしながらも、時間になっても現れないアランを抜いた三人は適当なパンと飲み物を購入しいつもの中庭の木陰へとやってきた。

「アオイんちの弁当には全然叶わねぇけど、まあまあ美味いな」

 口いっぱいに頬張り、手にしたものが胃袋へ消える前に次の獲物へ手を伸ばす育ちざかりの少年。

「……そのスピードで味がわかるとは思えないんだけど」

 ただ飲み込むような動作を見せる彼にミキが冷たい視線を浴びせるも、ランチが始まって間もないにも関わらず三つ目のパンを口に運ぼうとしているミキも大したスピードだった。
 そして新鮮な野菜とハム、卵やチーズをサンドした山のようなパンを前に並べながら手を伸ばさないのはアオイだけだ。

「…………」

(反抗期、まったく自覚がなかったけど……そうなのかな……)

「……アオイ、やっぱ食欲ない?」

 一行に手を出さない彼女をみたミキが心配そうに顔を覗きこんでくる。

「ううん……そういうわけじゃないんだけど……」

「アラン先生呼んでこようか? ここに来るまで一度も会わなかったから職員室にいると思うし……」

「……っ!」

 食べかけのパンを置き、立ち上がろうとするミキを非難するように眉を吊り上げたシュウ。彼は慌てて口の中のものを飲み込んでから言葉を発した。

「……ッアラン関係ねぇだろ! ……アオイ、帰るなら家まで送るぜ?」

「ごめんね、ふたりとも。本当に体調が悪いわけじゃなくて……私、反抗期なのかなって考えたらなんかお腹がいっぱいになっちゃって……」

「ミキ! お前のせいだぞ!! お前が変なこと言い出すからっ……!」

「あー……ごめん。アオイの私生活覗いたわけじゃないのに軽々しく言っちゃって」

 気落ちした素直なアオイを前にミキが反省の色を見せる。

「ううん、謝らないで? ミキの率直な意見が聞きたいの。……本当にそうかもしれないから」

「……え? そうなの?」

「アオイ……」

 再び視線を落とした彼女を見て、なんとなく元気がない理由に近づいたふたりの視線が絡む。

『なぁミキ……これって元気ないっつーか、落ち込んでるよな絶対……』

『……だね。とりあえず思ったこと言ってみるわ』

 ミキは喉の渇きを潤すように飲み物へ口付けながら、繊細なアオイを傷つけないように言葉を選んで会話を進める。

「えーっと、あたしがなんで"反抗期"って言ったかというと……」

「……うん」

 ミキの声に手元のホットミルクへ顔を映していたアオイがようやく顔を上げる。

「それは簡単。具合の悪いアンタを"お父様"が送り出すわけないってね。いつもの五段弁当だってないし、こっそり抜け出して来たか~? っていうのが素直な感想」

「あ……うん。ほとんど当たってるかも……」

 異常なまでの"お父様"の溺愛ぶりを把握しているミキとシュウは時折アオイを不憫に思いながらも、母親のいない彼女に全てを注いできたであろう父親の気持ちもわからなくはなかった。
 そしてアオイの言葉に内心"やっぱり!"と苦笑したミキは、他に何があったか原因を探るべく言葉を続ける。

「ここ(学園)に入学する前まで、ずっと家庭教師がついてたって言ってたじゃん?」

「うん」

「その時はどうだったの? 体調悪いの誤魔化してまで勉強してた?」

「……それは……」

(なんて言ったらいいんだろう。
アレスは魔導師で……ううん、いつもならすぐに気づいてくださったお父様が治してくださっていたから……)

 と、そこまで考えて。

(あれ? ……今朝もお父様は気づいていたはず……)

 それっきり口を噤んでしまったアオイの顔を覗きこむミキとシュウ。

「……ん? どした?」

「アオイ、言いたくないんだったらいいんだぜ? どうせミキの好奇心が疼いてるだけなんだからよ」

「ちょ……アンタ……。まぁ、否定できないけどねっ! あはは!!」

 年若く美形だというアオイの父にとても興味のあるミキ。父子家庭で愛らしい娘を溺愛するその光景をこの目で見てみたいというのが彼女の本音である。 
 しかしそれと同時に、常識に当てはまらない生活をしてきたアオイが不自由なく過ごせるよう、彼女の生まれ育った環境と世間のギャップを埋める役割を十二分に発揮してくれるミキは屈託のない笑みで率直な気持ちを言い上げた――。
< 219 / 241 >

この作品をシェア

pagetop