人魚花


「……別に、いいんじゃないかしら」

少しだけ迷って、<彼女>は口を開く。

「私は興味あるわ。陸の世界のこと。きっと、水の中とは何もかもが違っているのでしょうね」

そう言うと、ロイレイはびっくりしたようにこちらを振り向く。
金色の瞳が、大きく見開かれていた。

「本当に……?君も、陸に興味があるの?」

「ええ。私の仲間には、陸に住む者もいると言うし。昔は渡ってきた水鳥が語ってくれるのを聞いたこともあるんだけど、途方もなくて想像出来なかったわ。だから、自分で見てみたいとは、思っているわよ」

昔を思い浮かべながら、<彼女>は懐かしむように言葉を紡ぐ。仲間と一緒に鳥の話を聞いて、ああでもないこうでもないと想像を張り巡らした昔の自分を思い出しながら。

「……僕もだよ。僕は、水の中でしか生きられないから、陸を自分の足で立てる、人間が羨ましいんだ……おかしいかな」

「そんなこと、ないと思うけど」

まだ少しだけ不安げなロイレイは、<彼女>の言葉をじっと聞いている。

「私だって羨ましいわ。だって、自分の知らないものを知りたいと思うのは当然でしょう?そう思うことは、誰にだって責められないと思うけど。私も、なれるものならなってみたいわ。人間に」

「……君も……!?」

ぱっと顔を明るくしたロイレイは、<彼女>の方に大きく水をかいて、林のようになっている葉やつるに突進してくる。

す、と一瞬だけ、彼の指が波に揺れる葉の一端に触れた。覚えのある暖かみに、<彼女>はびくりと身を震わせる。

水のなかに落ちてきたばかりの人間よりも水に近い温度で、魚とも<彼女>自身とも違う、不思議な感触──ああ、覚えがある。ロイレイに触れたことは、初めてではないから。あれは──初めて会った日の。

(──っ!)

そこまで思い出したところで、唐突に<彼女>は、自らの置かれている状況を、目的を、そしてこの人魚のことを早く拒んで、ここに来ないようにしなければならないことなどを、思い出す。

そして同時に、今まで、一瞬ではあるけれど、そのことをすっかり忘れてしまっていたことに気がついた。
< 28 / 54 >

この作品をシェア

pagetop