人魚花

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黒い水がまとわりつくように、蔦の間を通り抜けていく。

目を上げてみると、そこにはいつも心もとない明かりを落とす二つの月は、今日はたった一つ、しかもその輪郭だけをぼんやりと浮かび上がらせていた。

(今日は、月が重なるのだっけ)

一年に一度だけ、双子月が完璧に重なる日がある。それが今日だったのかと、細く描かれた光の円を見上げながら、どうりで、と<彼女>は思った。

彼女の棲む海は、双子月の影響で絶えず海流が複雑に変化する。

月食を起こるとさらにそれは変化して、いつもよりも波が激しくなる。
普段は湖のように穏やかな入り江にも、こうして水の流れが起きているのが、そういうことなのだと<彼女>は考えていた。

「この入り江、本当に月が綺麗に見えるよね。共喰い月をここで見られて嬉しいなあ」

そんな<彼女>に、唐突にかけられた声。

「……ロイレイ」

そちらに、目を向けると。

明かりが少ない晩でも、僅かな光を反射させて碧のヒレを浮かび上がらせた、見慣れた人魚が漂っていた。

そろそろ来るだろうと思っていた。弱々しい月明かりがぼんやりと浮かび始めた頃から、待ち構えてすらいた。

「僕の住んでるところからだと、こんなにはっきり見えないんだ。波があるから水面もゆらゆらしてるし。ここは静かで、すごくいい場所だよね」

そんな<彼女>とは対照的に、現れた彼はいつも通り、にこにこと笑いを浮かべながら、思いつくまま口に出しているように、言葉を紡いでいく。

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