桜前線
きみと出会う
《 優くん、優くん、優くん!》
晴花の声がだんだん大きくなりながら頭の中に響く。
耳を塞いだところで聞こえなくなる訳でもないのに、僕は力いっぱい手で耳を塞ぎ、強く強く目をつぶり、怯えた。
「お兄ちゃん?」
妙に声が近く、鮮明になり、僕は顔をあげてゆっくり目を開けた。
「晴花?」
晴花がいるはずなんてないのに…。
「お兄ちゃん、どうしたの?おなか痛いの?」
目の前には僕を心配そうに見つめている小さな女の子が立っていた。
やっぱり晴花じゃない。
でもどこか、あの日の晴花に似ていた。
しばらくぼーっと見つめ合う形になってしまい、僕は慌てて
「どこも痛くないよ、ありがとう。」
と返した。
本当は心がチクチクと痛んでいた。
けれどそんなことを言えばこの子はどれほど困るだろう。
「そっかぁよかったぁ」
と溶けてしまいそうな笑顔でその子は僕を見た。
と思うとその子は急に困ったように、だけど…と口ごもって僕を見直す。
理由を問う僕に
「あーちゃんは、はるかちゃんじゃないよ?」
と。
その子から最初に声を掛けられた時の僕の呟きを、その子は聞き逃していなかった。
そうだね、ごめん…と、僕は目を逸らす。
そんなことお構いなしに僕の名前を聞きかけたその子は、あっいけないと両手で口をふさぐ。
「お名前は自分から言うんだった。」
僕は偉いねと言う代わりに笑って見せた。
「あーちゃんのお名前は、桜井朝陽だよ。お兄ちゃんは?」
「上田優介。」
「優くんかぁ。優くん、よろしく!」
桜井朝陽…似ている。
あの日の晴花に似ているところが多すぎる。
優くんと呼ばれる度、心臓が大きく鼓動する。
澄んだ瞳は、僕には深すぎた。
「あーちゃんの朝陽はね、明日も朝陽が見られますよーにの朝陽だよ!パパがつけてくれたの。」
明日も朝陽が見られますように、か。
誰に促されるでもなく、朝陽は間延びした甘い口調で自分の名前を説明した。
いい、名前だな。
僕が晴花に一番望んだものが名前になっている朝陽に、僕は名前通りの人生を願った。
それから数時間、僕と朝陽は朝陽の母の迎えを公園で待った。
朝陽の母が迎えにきた時には、近頃長くなってきた陽も傾きかけていた。
はっと気づいたら、朝陽はまだ遠くにいる母の手をしっかり握っていた。
朝陽が勢いよく手を振るのを見ながら、僕と朝陽の母は会釈を交わした。
僕はその夜、なかなか寝付けなかった。
どうしても朝陽を晴花と重ね合わせてしまう。
心の中で晴花との記憶がどんどん明るみに出て、一層写実的に感じられた。
時計は午後の2時を指している。
< 2 / 7 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop