桜前線
1人じゃないかも
「優くーん!」
僕が探すより先に、朝陽の手は僕を捕まえる。
あぁ、朝陽。
うまい挨拶が見つからない。
「あーちゃんに話ってなぁに?」
先の言葉を紡がない僕を急かすように朝陽が言う。
驚いて遠くから見守る朝陽の母に目をやると、朝陽の母は口を少し固く結んで静かに頷いた。
僕は一呼吸置いて話し始める。
「あのな、朝陽。この前お兄ちゃん、朝陽のこと晴花って間違えちゃっただろ?もう10年も前の話なんだけど…」
僕は時々まぶたを越えてしまいそうになる涙を抑えて、再びあの苦しい1日のことを晴花との出会いから話した。
そんなふうだから一言一言を繋げるのがやっとで、朝陽と目を合わせることなく話していた。
全てを話し終えて初めて朝陽に目を移すとわ朝陽は唇を噛みしめてうつむいたまま固まっていた。
「朝陽?」
僕の呼びかけに朝陽は少し肩を震わせ、そして鼻をすすってから天を見上げた。
泣くまいとしているのが誰からだってわかる。
だけど次の瞬間にはいつもと変わらぬ、いや、いつもよりオーバーな無理のある笑顔で、僕のほうに向き直っていた。
「優くん、あーちゃんと一緒だね。」
一緒…。
なんで?と聞こうとした僕の心を読んだように朝陽は話し出す。
「あーちゃん年少さんの時、あーちゃんのせいで…パパ……死んじゃったの。」
本当に?
僕は祈りに似た疑いを投げかけた。
こんな思いをするのは僕だけで十分だと思っていた。
細かい事情はわからないが、朝陽の父もまた病気で、医師から寝ているよう指示を受けていたのだが、遊んでと甘える朝陽に「いいよ、いつもごめんな」と応じたために倒れて亡くなったようだ。
父の死の責任を負っている朝陽は、甘ったるい話し方をするおぼこいいつもの朝陽とは違って見えた。
僕と朝陽の歴史の中にある10年の差は、なんの隔たりももたらさないように感じた。
「パパはあーちゃんに朝陽をくれたのに、あーちゃんはパパが明日見る朝陽取っちゃった。」
でも泣かないよと、朝陽が言う。
笑っていてねと、パパが言ったからだと。
もう朝陽の父は、朝陽が笑っていても泣いていても、傍で見ることはないのに…なんて、強く立とうとする幼稚園児に酷いことを思っていた。
そんな僕に朝陽は続ける。
「笑っていてねはパパの最後のお願いだもん。パパが見れなくてもあーちゃんがパパのお願い覚えてるんだもん。」
晴花が最後に言ったのはどんな言葉だったっけ。
《 優くん、泣かないで》
そうだ、そうだった。
結局のところ今までの僕は自分が可哀想で、どうにもならない重いものを背負っていることが哀れで、自己憐憫にはまり込んでいただけ。
晴花が最期の力を振り絞って伝えてくれた言葉さえ大事にできてなかった。
どこかで自分を見捨てて現実から逃げて、過去を思い出して自分を責めることで自己満足して、中途半端を繰り返してた。
やっと大切なことに気づけた気がした。
「朝陽は大人だなぁ。」
「うん!あーちゃん年長さんだもん!!」
そうじゃなくて。
と否定しそうになったけれど、あの日の晴花そっくりな朝陽の笑顔が太陽に反射して、僕は言葉を飲み込んだ。
ただ、パパが言おうとしてたのは、悲しみ続けないで、苦しみ続けないでって意味で、涙を無理に我慢することは「おねがい」に入ってないと思うよ。
悲しくて泣いても、明日の朝にはまた笑ってなってことだと思う。
と朝陽に話した。
そうかなぁ?と納得しきらない顔で、朝陽は考え込む。
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