浅葱の桜



「ッ! きき!」



手だけを使いながらききのもとへ這い寄る。


こんな騒ぎなのにまだ眠ったままのききに思わず呆れてしまう。



「きき、起きて!」



体を強く揺すると「ん……」と声を上げながらききが目を覚ました。


その目にはこの様子を察している様子はなくて寝ぼけたままだ。



「どーしましたぁ? ひめさま」

「いい? 私の話を聞いて。まずこの屋敷を出て」



ききの頬を撫でながらそう諭す。


せめてききだけでも助けたい。こんな場所で失われていい命ではないから。



「そうしたら誰でもいい、新撰組の沖田っていう人を探すの」



長州藩が動いたということはきっと新撰組も動いている。


そんな中で屯所でじっとしておくなんてことが出来ない人だ、彼は。


そうなったら京の町のどこかに居る。



「その人に会ったら、『佐久の知り合いです。助けてください』って伝えて」

「おきたさんに、たすけてっていえばいいんですね?」

「そう」



少しでもましな身なりに整えるとききの背中を押した。



「ひめさまはどうするんですか?」

「私は……」



ここで本当のことをいえばききも残ってしまう。



「私はあとから行くわ。沖田さんの場所は分かるから」



……こんな純粋なききを騙すのは胸が痛んだ。



「分かったら行って!」



しっかりと頷いたききに胸を撫で下ろす。


バタバタと走る音を聞きながら目を伏せた。


ここも炎に包まれるのにそう時間はかからない。


どうか助けてください。


ききを、新撰組の皆さんをーーーー。


手を組んで祈る。


ポタポタこぼれ落ちる雫が畳にシミを作った。


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