浅葱の桜



「……で、そっちはどうだ?」



夜もかなり更けてきたころになってようやく土方さんの話が終わる。


正直、前半の内容は覚えてない。
後半は聞いてない。


雲一つない空の中、月は静かに黄金に光る。



「大して何も変わりませんよ。ただ、土方さんたちがいないお陰で静かです」



嫌味ったらしく言ってやるとそれに対しての舌打ちが返ってきた。



「佐久の様子は?」

「特に変わりなく。ああ、でも一つだけ変わりましたよ」



あからさまに表情を険しくした土方さん。


別に、土方さんが思ってるほど悪い事じゃないんだけどな。



「風月堂の看板娘の子と親しくしてます」



風月堂が僕の行きつけの茶屋だってことは土方さんを始め、ほとんどの隊士が知っている事だ。


佐久の正体を知っている彼女は新撰組に身を預けることになった状況を把握していた。


性別を偽ることもせずに親しく出来る人物ができて楽しそうなのを思い出すと自然と表情が緩んだ。


想像してなかった答えに顎が外れたように口を開けた土方さんは呆れたように言う。



「ったく、なんだよ。そんな事か」

「土方さんが言ったんでしょう? 最近の様子は? って」



本当に特に変わったことは無い。佐久が気づいている範囲では。


彼女は自覚してないんだ。


あの日以来、自分がどれだけ怯えて、震えているか。


その小さな体が抱えているものは大きすぎて重い。


笑う姿が痛々しくて、それでも懸命に頑張ろうとしているのは健気で、放っておけなくなる。



「じゃ、帰ります」

「……おう。向こうのことは頼んだぞ」

「無理です。早く帰ってきてもらわないと困るんですから」



あまり静かすぎるのも落ち着かない。


弄る相手が居ないというのも思っていたより寂しいものだ。



「分かってらぁ」



帰るまえに一度、新撰組の陣営に顔を出す。



そこには屯所を出る前よりもすこしヤツれた平助たちの姿があった。


やっぱり、ここでの生活はいいものじゃないみたいだね。


なんて、当たり前の事を感想として抱くくらい俺の頭は惚けていた。



「私はあなた達を裏切ることに、なりますね……」



もし、ずっとそばにいてやれれば、こんな悲痛な叫びをさせることも。


彼女に悲しい決断を、事実を知らせることも無かったはずなのに。


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