『それは、大人の事情。』【完】

「沙織ちゃんがそんな気持ちで真司さんの所に来たって事、ママは知ってるの?」

「うん、知ってる。あたしがパパをお姉ちゃんから取り返すから待っててねって、ママに言ったから」

「じゃあ、真司さんは? パパにはもう話したの?」

「パパには、まだ話してない。でも……」


そこまで言うと、沙織ちゃんは黙り込み速足になる。暫くして、やっと口を開いた沙織ちゃんは、私が疑問に思っていたあの事を話し出す。


―――以前、私が白石蓮と理央ちゃん、二人と飲みに行った時、真司さんは沙織ちゃんと動物園に行っていた。でもその時、もう一人、一緒に動物園に行った人が居た。沙織ちゃんのママ、絵美さんだ。


沙織ちゃんは絵美さんに、今から真司さんと動物園に行くとこっそり連絡していて、動物園で会った三人は、その日、一緒に過ごしていたらしい。


つまりあの夜、タワーマンションに入って行ったのは、間違いなく真司さんと沙織ちゃんで、背の高い髪の長い女性は、真司さんの元妻の絵美さんだったんだ。


私がその事を真司さんに聞いた時、キッパリ否定したのは、別れた妻と会ってたなんて私に知られたくなかったから?


「動物園でママがパパに言ってた。また三人で一緒に暮らしたいねって」

「それで、真司さんは……なんて?」


でもその問に、沙織ちゃんは答えてはくれなかった。それは、私にその答えを聞かせたくなかったからなのかもしれない。


真司さんは絵美さんの所に戻ると決めたのかも……だから、彼の態度が変わったんだ。だから……抱いてくれなくなったんだ。


茜色に染まる空を見上げ、繋いでいた小さな手を今度は私が強く握り締めた。


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