『それは、大人の事情。』【完】
真司さんの出勤時間になり、玄関まで送ると、二日酔いでスッキリしない表情の彼が「何かあったのか?」って、小声で聞いてくる。
「何かって?」
「今朝はやけに沙織と仲がいいな。昨夜も沙織の部屋で寝てたし、急にどうした?」
二日酔いでボーっとしてても、沙織ちゃんの態度が変わった事は気付いていた様だ。
「秘密だよ。女同士の秘密」
昨日の学童での出来事は真司さんには言わないでおこう。沙織ちゃんもきっと、それを望んでるはず。
「なんだか気味が悪いな」って笑った真司さんを見送ると、こうやって彼を玄関で見送るのもこれが最後なのかも……と唇を噛む。
そして、沙織ちゃんをバス停に送る途中でも、これが最後なんだと思うと寂しくて堪らない。
何もかも今日が最後なんだ―――
そんな事ばかり考えていたからか、出社しても仕事に身が入らない。何度も凡ミスをして課長に嫌味を言われてしまった。
今日中に終わらせなくてはいけない仕事が山積みなのに気持ちばかりが焦り、どうもはかどらない。すると、定時間近になって私のデスクの内線が鳴った。
『―――俺だ。今日の沙織のお迎えは俺が行くから』
えっ?真司さんが?
「どういう事ですか?」
『今朝、沙織に言われたんだ。今日は俺に来て欲しいって。明日から夏休みだからな。最後くらい俺が行くよ。梢恵はゆっくり帰ってくればいい』
最後だから私が行きたかったのに……でも、沙織ちゃんがそう言ったのなら仕方ない。「分かりました」と言って、受話器を置いた。