唇トラップ
昨夜の後味 _ 9
張り切って、接待で使った麻布の少し良い和食屋さんを予約したら。
廣井さんは生魚が食べられないらしいというまさかの展開になり、慌ててお店を変えることになって。
結局、送別会も執り行った、馴染みのイタリアンで集まることになった。
「エリー、おかわり♡」
『ちょっと…眞子ペース早くない?廣井さん来る前に潰れないでね。汗』
エリーが笑いながら、通りかかった店員さんにサングリアを注文した。
眞「念のため聞くけど、知ってたわけじゃないよね?」
エ「俺?何が?」
眞「何がじゃないよ、清宮さんの浮気!」
結局、エリーには全てを打ち明けた。
所々眞子が突っかかってきて(話の中にいる柊介に)、だいぶ時間はかかったけど…
やっと一通り、話し終えたところ。
勿論あの____________コバルトブルーの、キスについても。
ただ、私はやっぱり八坂さんの名前は出せなかった。
エ「ごめん、本当に知らないんだ。てか、正直…今も信じられない気持ちでいる。」
ムッとした顔で口を開きかけた眞子は、「だってあの人は、本当に藤澤を好きだから。」というエリーの一言で、サングリアと一緒に言葉を飲み込んだ。
『明日から気を遣わせたらごめんね。柊介と顔合わせるから、仕事やりにくいよね。』
エ「そだな。殴りかかりたくなるの、堪えないといけない。」
王子様のような爽やかなナリで、そんな物騒なことをサラッと言うから。その心の温かさが逆に沁みて、少し笑えた。
眞「清宮さんが本当に十和を好きだって言うなら、何で浮気なんてしてるのよ。
しかも社内でキスするなんて、もう確信犯じゃない。
そういうことする人たちって、“誰かに見られるかも!”なんていう、スリルでも楽しんでるんじゃないの?」
エ「うーん…そこが、同じ男として、何とも答えにくい部分ではあるんだけど。」
エリーの長い指がグラスに触れたら、ウィスキーに浮かぶロックアイスの氷山は音を立てて崩れた。
エ「柊介さんにとっては…まだ浮気ではないのかもしれない。
ただの________一瞬の遊びなのかも。」
眞「遊びってっ…最低、男ってすぐなんかあると“遊び”って言うよね。」
『眞子、いいから。エリーに当たっちゃダメ。』
ごめん、と小さく呟いた眞子に。エリーが優しい顔で首を振る。
愛しい大切な友達二人が。私のために、心痛めて熱くなってくれる。
それだけで十分自分は幸せなんだと、当たり前なことを確かめられた。
エ「それにしても、“コバルトブルーのキス”かぁ。藤沢、詩人だなぁ〜。笑」
眞「トイレで思い出した時、十和すっごいエロい顔してたよ。」
『してないっ!汗』
エ「19:00頃だろ?そのエレベーター、何階から降りてきたか…分かるわけないか。」
眞「え、誰か心当たりあるの?」
思わず、ピザを取り分ける手を止めて。チラリと視線を上げれば、エリーは頬杖をつきながら真っ直ぐに私を見ていた。
『…こ、心当たり、あるの?』
やばい、悪いことを隠してるわけじゃないのに声が震える。
エ「ないよ。」
すっと細くなった瞳に、緩く上がった口角。エリーが、確実に何かを思いついてる時の顔。