唇トラップ

水曜日の憂鬱 _ 2




時は、5/28。まさしく来月末の土曜。
一昨日小堺課長に確認された、この日が空いてるかどうかってこの事だったの?!

た、狸課長っ…!怒




社外対抗サッカー大会。
存在さえも初めて知ったそれは、毎年取引先の各社を相手に、地味に開催されてきたそうで。
選手はスカウト制、毎年“監督”となる上席者がピックアップしていたらしい。


『だか、だから何で私っ?!サッカーなんてやったことないです!』

「まぁ、落ち着けって。」


今年の“監督”は、牧役員。彼は今年の一月にロンドン支社から本社に帰って来たのだけれど、ロンドンに赴任するまでは10年間も海営だった。

そこで今年のチーム編成は海営に白羽の矢が立ち、海営の精鋭たちを中心にメンバーが選抜されるとのこと。
幸い、海営にはサッカー経験者が多いらしく、牧役員の熱のこもりようは例年の比ではないらしい。



『廣井さんも出るの?』

「一応な〜。ま、初老の俺はベンチですよ。」

『八坂さんも?!』

「あぁ、あいつ学生時代ずっとサッカーやってたらしいよ。
ってあれ?あいつと知り合い?」



ゆ、ゆ、許せんっ!!!!!
八坂さんと同じチームでサッカーボールを追いかけろと?!
こんなよく分かんない状況下で、私にそんなこと求める?!




『ありえないよ!!』

「え、なにが?」



森の中でドングリを落とした小動物のように、キョトンとした廣井さんを捨てて、大股で秘書室への帰路を急ぐ。

無理!サッカーなんて絶対無理!!

嵌められた!単純に休日出勤や役員出張の前乗り同行だと思ってた。



生理前のイライラも相まって、もう止まらないくらい血液が循環してる。
勢いそのままに、潜った秘書室のフロア。
自分のデスクを通り過ぎて、小堺課長のデスクの前で立ち止まった。




『私、サッカーなんてやったことないですよ?!』

一瞬、フリーズした彼は。

「あ…ああ、うん、それね。それそれ。」


ずり落ちた丸眼鏡をかけ直して、小声で返事をしながら目をそらした。


デスクの上、キーボードの隣に陣取る食べかけのポッキー。
この人はもう…!私がこんなに切羽詰まった気持ちの時に、ポッキーなんて食べてたのっ…?!




『小堺課長!はっきり申し上げますが、私サッカー大会には参加できかねます。』

「うんうん、分かった。藤澤さんの意向はよく分かったから。
だけどね、まだはっきり決まったことじゃ、」

「決まったよ。」

< 42 / 269 >

この作品をシェア

pagetop