グーグーダイエット
13:おにぎりは義理がたい
 休日もダイエット日和で終わり、辛いような楽しかったような。これから5日間は出勤日和になる。これもきっと、辛くも楽しくなるのだろう。建物内に入った。達海が空いてる客席で小休止していたので、声をかける。
「達海、おはよう!」
「おはよう。最近細くなったよな」
 そりゃあそうだ。多くの講師のお陰で、当時より20キロ近くは減っているのだ。これでもう、達海に嫌われる心配は無い。とは言え、予断を許さないか。達海の表情を窺う。
「本当に頑張ったな。最近、噂をちらほら聞くよ、お前のな」
「え、もしかしてモテ期来てる!?」
 頬に手を当て、恥ずかしそうに喜ぶさと子、達海はすぐに言葉を付け加えた。
「女性から、な」
「女性か……」
「痩せたにしても、まだ太ってるしな」
 言われてみればそうだ。達海に罵声を浴びせられた当時より大分細くなったものの、まだ80キロもあるのだ。80キロではぽっちゃりと誤魔化すことも出来ないだろう。お腹をさする。
「だが、女性達はお前に興味深々だぞ。こんな短期間で、どうやってあんなに痩せたのか羨ましいなってさ」
「へー。女性から良い噂をされるのって初めてかも人づてでも、聞けて嬉しいよ」
「にしても、こんなに早く頭角を現すと思わなかった。目も大きくなったし、本当に……前よりかは、綺麗になったな前よりかは」
 前よりかを強調するんじゃない。さと子はツッコミながらがも、あまりにも褒めてくれる達海に悪い気はしない。そうやって褒めてダイエットを頑張ってもらおうと思っているのだろう。期待に応えなくては。
「で、今までどうやって痩せて来たんだ?」
「普通に運動とか半身浴とかだよ。達海に言われておひたしとか魚も食べてるしさ。サラダも美味しかったよ」
「仕事の合間に毎日やってるのか? 偉いな」
「うん。続け無いと、すぐ体重戻るでしょ多分」
「仕事でもそうだが、お前はやるまでが散々だが、一度やり始めるとちゃんとやり通すからな。目標の体重とかあるのか?」
 さと子は休日、教えてもらったハンちゃんの体重を思い出す。道のりは絶望的な程遠いが、一応言っておこう。
「47キロ」
「47?」
 その後、妙な沈黙が続く。気まずそうに達海は頬を掻いている。そんなに変なことを言っただろうか、さと子の表情も強張る。
「もう少し、上でも良いんじゃないか? 70キロとか」
「な、ななじゅう!? 達海は、それでも良いの?」
「そりゃあ俺は気にしない。もともと、お前の顔やスタイルには興味無いからな」
 さりげなく胸に突き刺さる言葉だ。性格が良いと言うことなのは分かるし有難い。それは分かるのだが、興味無いは厳しい。
「でも、何で? 47は確かに遠いけどさ、昔の60キロ前後くらいには戻りたいなって思わなくも無くってさ」
「60か。そうか。分かった」
 達海はさと子から目を逸らすと、そのまま職場まで歩いて行った。
「なんだアイツ」
 さと子が首をひねる後ろで、じゃがくんとサラダと、新たに登場したおにぎり担当の男性が話しあう。
 おにぎり担当のその男性は、頭にタオルを巻き、その下からギザギザの黒髪を覗かせている。白いつなぎの上半身を脱いで垂らし、上は黒い半そでを着ている。足元にかけて膨らんでいるズボンの下には、草履を履いている。そんな新キャラクターおにぎり担当の男性がさと子に話しかける。
「さと子さん、俺ぁなんか気持ち分かる気ぃするなぁ」
「どういうことよ、ぎりの助」
「なんつーかよぉ……今までずっと一緒にいた人間が、あまりにも変わっちまうと、こえぇんだよなぁ。何だか遠くに行っちまうみてぇでよぉ」
「そんなもんかねぇ」
 さと子も思わず口調が移る。いかんいかんと、首を振って頬を叩く。このペースで仕事中に話してしまったら、確実に悪印象だ。
「それはちょっとぉぼくもわかるんだなぁ」
「そうですねぇ」
 正常に戻っていたさと子の隣で、じゃがくんとサラダの口調が完全につられていた。この2人にまでこの口調でいられると、さと子がつられるのは必然。さと子は、「ごめんっ!」とじゃがくんとサラダの頬を叩いた。2人はハッとする。
「ああ、ついつられてたよ……おにぎり、その口調なんとかならない?」
 じゃがくんの意見に、サラダとさと子もうんうんと頷く。ぎりの助は困った様に腕を組んで頭を下げる。
「んなこと言われてもよぉ……申し訳ねぇが、これでしみ込んじまってんだなぁ」
「せめてその”なぁ”が伸びなければね……」
 サラダの意見に、じゃがくんとさと子もうんうんと頷く。真面目なぎりの助は、何回も「な」の言葉を繰り返す。しかし、どう足掻いても伸びのある「なぁ」になる。諦めも肝心だ。それに、相手の個性を潰すなんて失礼だ。さと子は自分に言い聞かせ、「そのままで良いよ」とぎりの助に言った。
「ありがてぇ! 俺ぁこのご恩ぜってぇ忘れねぇ!!」
 ぎりの助はさと子の手を握った。始めて登場した時から薄々パンドラ感はあったが、なかなかクセのある人物と出会ってしまったらしい。早く慣れるといいな。さと子も苦笑いする。
「よかったねぇ」
「そうですねぇ」
 さと子の背後で、やはりつられてしまっている2人。さと子は滝のような涙を流し、2人にデコピンをした。

 仕事も一段落ついたところで、さと子は昼食を食べに何時もの人気の無い場所へ。弁当を取りだしたところに、1人の女性が寄って来た。明るい茶色の髪で、くるんと可愛いカールを巻いている。
「さと子さん……ですよね」
「はい。そうです」
 もしや、今朝達海が言っていたことだろうか。確かに、短期間で20キロも痩せるなど、人間技とは思えない。自分でも驚いている。元が太っているから痩せやすかったのかもしれないが。痩せる秘訣など聞かれたら、何を答えよう? さと子が考えを巡らせていると、女性が話しだし、さと子は慌てて両手を膝に置く。
「貴方、達海さんに痩せて言いよるつもりでしょ」
「はい?」
 予想外の言葉に、さと子はすっとんきょうな顔をする。
「調子乗らないでよね。達海さんは、貴方が仕事が出来るから一目置いてるだけ。貴方が痩せて迫ったって、元が100キロの女になんて興味あるわけが無いんだから」
 女性はそれだけ言い放つと、足早に去って行った。頬杖をつき、さと子はため息をつく。そんなことか。やっぱり、女には嫌われているらしい。
「さと子ちゃん、気にしなくて良いよ。ね?」
 じゃがくんの言葉にサラダやぎりの助も頷く。
「あの人が、本当にそう思ってるとしたら、わざわざ言いません……。痩せて、達海さんが貴方を好きになったら困るから、言うんですよ」
「そうだぁ。ああやって、他人に自分の自分の無さを押しつけるのは、ちょいといただけねぇなぁ」
 三者三様に励ましてくれているが、さと子もそれは分かっていた。ただ1つ、彼女の中での引っかかりがあったのは、達海のこと。彼女の言葉にも繋がるが、さと子が幾ら痩せても、達海にはさほど関係の無い話。隣にいる女性が細くなっただけのこと。今まで100キロの自分と歩いていたくらいなのだ、どうでも良いだろう。今朝だってどうでも良いとバッサリ言われてしまったのだから。落ち込むさと子に、3人は心配げな表情を向けていたが、さと子は立ち上がると、「おっしゃああ!」と声を荒げた。
< 22 / 36 >

この作品をシェア

pagetop