絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅴ
「……こんばんは」

 巽は既に席に着き、リラックスしていた。上着はハンガーにかけているのか着ていない。

「…………」

 こちらの挨拶に対しての挨拶は特になく、彼は私が対面して腰かけるのをただじっと見ていた。

 気難しそうで、全くつかみどころがない。

 テーブルの上には箸や小皿が置かれているが、今から食事を摂るには喉が締まり過ぎるくらい緊張していた。

「……あの、久司から話の内容は聞いたと思うんですけど……」

  声が少し掠れた。

「ああ、その件ならもちろん内容を知っている。

 先に聞くが、何故その詳細を知りたいんだ?」

 まるで面接官のようで、目が合わせられない。

「その……。二千万もの大金を私が肩代わりした理由も知りたいし、それをきちんと支払終えているのかどうかも知りたいし。

佐伯とこれから連絡を取りたいけど、何と言ってよいのか分からないし……。だって、二千万って大金だと思うんです」

「……佐伯という女から連絡はあったのか?」

「いえ、全然……。携帯を見たけど、最後にいつ連絡したのかも分からないし。

今は会社を育休で休んでいて。

でも私が本社にいるんなら普通に連絡をしていてもおかしくないと思うんですけど……まあもしかしたら、何か些細なことで喧嘩したのかもしれないけど」

「……些細なことじゃない」

 香月は顔を上げて巽を見た。端正な整った顔立ちだが、少し疲れているようにも見えた。

「大喧嘩だったんですか?」

「内容の割にお前は落ち着いていた。だが、俺がもう連絡を取るのはよせと言ったんだ」

「…………」

 この堅苦しい雰囲気からして、些細なことで連絡を取ることを拒みそうだ。

「あの時の詳細を話そう。今のお前がどう思うかは分からないが、俺としては今でも、連絡を取ることはすすめない」

 巽がじっとこちらを射抜くように見つめてきたので、息苦しくて目を逸らした。

 でも……覚悟をしないといけないような話だとしたら……。

 呼吸を整えるために、深呼吸をする。

 大丈夫。それほど、悪い話ではない。

「……四対とは会ったそうだな」

「あ、はい」

 突然話題を変えられて、少し力が抜ける。

「二度会いました。昨日も電話をしました」

「…………、何か言っていたか?」

「え……アップルパイが食べたいとか言ってましたけど、それが何か関係しますか? 

私が一度作ったみたいで」

「……いや……。

 お前と四対が知り合ったきっかけは、その佐伯という女が四対の友人の千と知り合ったことに始まる。

 千が四対のパーティに誘われ、佐伯とお前も一緒に行ったそうだ。そこから佐伯は千と深い仲になっていったと思われる」

「えっ、それは……佐伯が結婚した後の話ってことですか?」

「そうだ」

「ええ……」

 そもそも、佐伯の彼氏も一度も見たことがない香月にとって、結婚した旦那の顔も分からないままに、不倫相手ができて深い仲になっていったなど想像も何も……。

「え……確か子供がいたって?」

「いた」

「え、何で……」
 
そこまでバカじゃなかったはず。結婚相手が社内だったということは、それほど酷い人ではないだろうに、何故……。

「パーティの後はオーストラリアへ行ったそうだ」

「えっ……子連れで?」

「パーティへは子供を置いて行くという話だったはずだ。オーストラリアへはその夜すぐに経ったから、単身で行っただろう」

「ええぇ……何でそんなことに……」

「その次の軽井沢への旅行は4人で」

「えっ? 4人?」

「お前と四対も同行していた」

「え…………。何で私が……」 

 気付いて顔が上げられなくなった。巽と付き合っていたのにも関わらず、私も四対と旅行に行っていたということだ。

 そんな最悪な話……。

「そんな風に4人でつるんでいたりしたが、基本はお前と四対、佐伯と千で一緒にいた。

そして佐伯が千に合せて遊んで二千万の借金を作ったんだ。

それを聞いてお前は俺の家から出て行き、借金を返すためにクラブで働き始めた」

「え!? え、え。ちょっと待って」

「…………」

「ちょっと待って」

 話が早すぎて、ついていけない。

「何で私が佐伯の借金を……」

 その前に、自分が浮気をしていたということも詳しく確認したかったが、そんなこと、できるはずもない。

今はとりあえず佐伯の話を中心にまとめよう。

「その、佐伯が借金を作っていた時に私も一緒に遊んでいたってことですか? 

にしても、二千万で遊ぶって何……」

「訳も分からずギャンブルにつぎ込んだようだ。お前が使った金は一銭もないが、離婚した上に借金が残った佐伯と子供を不憫に思い、肩代わりした」

「…………」

 ずっと前から友達だと思っている。だけど、そこまで友達と思えるような何かがあったのだろうか……。

 わざわざ会社を辞めてまで。

 佐伯には他に借りられるような人がいなかったのか……普通に千という人に相談するとか……。

「あの、1つ聞きたいんですけど」

 香月は自信を持って、巽の顔を見た。
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