絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅴ
レストランスカイ東京。
彼女とここへ来たのは、今日が2度目だ。だが、彼女はその事を覚えていない。
附和薫は、香月のことを数時間で全て調べ上げた。
1年前の涼屋の件で最後に顔を合わせた後、巽とは結婚の話が進まず、転落事故によりこの5年の記憶がないままエレクトロニクスを辞め、リバティに入って来たこことをもう一度頭に想い描いておく。
ショパールの腕時計は午後7時5分を既に指している。
今、彼女が既に秘書に連れられてVIPルームに入り、待っているのかと思うと、あの、完璧に整った美しい顔でおおそらく昼間のようにおどおどしながら待っているのかと思うと、楽しくてたまらなくなる。
昼間だって、
「忙しいんですが」
と、思い切り顔と声に出して嫌味を言われることくらい覚悟で行ったが、それが全く逆の、ありえないほどの、見たこともない消極的な彼女を見て、居ても立ってもいられなくなった。
今日仕事終わりに従業員通用口で、秘書に声をかけられた時の彼女はどうだっただろう。
そのまま車に乗り込んだ彼女は一体、どんな表情でいたのだろう。
これがわくわくせずにはいられない。
本日既に入っていた会合も、まあまあ価値のある物だったが、蹴らずにはいられなかった。
車がホテルに到着するなり、自らドアを開けて、自動ドアをすり抜ける。
エレベーターを数分待つのも苦痛で、腕時計を何度も見直し、携帯電話で使いの者に、間違いなくVIPルームにいるのか確認させる。
大丈夫、彼女は今、手の中にいる。
最上階にそのまま上がり、そこからはあえて、落ち着いて歩き、ドアを開けた。
「…………」
いた。テーブルの椅子にはつかず、窓の前でただ突っ立っている。
ほっとした。
「………専務の特権、だとは思わないでほしい。君と僕は特別な仲だったんだから」
不審な表情。だがそれは、更にいつもよりも魅惑的で、瞳が暗いが故、更に美しく見える。
足早に近づく。そして、腕を伸ばして抱きしめた。
『専務』という言葉で、しかも自社ではない親会社の『専務』という存在に、既に彼女はこの腕の中に捕らわれている。
「え……」
彼女の息のような、しかしはっきりと当惑した声が聞こえた。
だがそれには構わず、思い切りその感触を確かめる。
「あぁ……」
吐息が漏れた。
これを、待ち望んでいたのだと。
至福の喜びを身体中に感じる。
そして、
「……」
遠慮せず、唇をつけた。すぐに、割り込んで舌を入れる。
抵抗されることを予想して、本音を言えば舌を侵入させるのがすこし怖かったが、一度入れてしまえばこちらのもの、吸い尽くすように、味わい尽くすように、角度を変え、何度も何度も、深く口づける。
最初は驚いていた彼女は、それに応えようとはしないまま、固まったままで少し時間が過ぎる。だが、徐々に抵抗しようと試みてきたので、更に強く抱きしめ、もう一度口づけ直す。
されるがままだった彼女も、ようやく余裕が出て来た頃、身体をよじり、一瞬唇が離れた。
そしてそのまま、距離ができる。
「…………」
視線を床に唇を手の甲で拭う姿に、
「……久しぶりの感触でも僕を思い出さない?」
極めつけの一言を放った。
彼女はこちらを見ず、そのまま停止してしまっている。
「ホテルのスィートルームで朝までいた事、忘れた?」
ようやく彼女は、ゆっくりこちらを見上げた。
「ほ……ホテルで私は……」
「……そのことは覚えてるの?」
まさかとは思いながら聞いてみる。
彼女はすぐに首を横に振った。
「いえ……。でも私が、あなたとホテルに行ったことで巽さんと喧嘩してて出て行ったということは、聞きました。巽さんは、ホテルでは何もしてないって……言ってましたけど……」
「君がそう言ったからだろうね」
「…………」
顔が動かなくなる。
「僕は……」
言いながら、その華奢な腰を両手でつかみ、ぐいと引き寄せる。彼女は上半身を逸らし、手で胸板を押してきた。
「で、でも、私は……」
「誘ったのは僕だけど、同意してくれたじゃない。とりあえずその場限り、という約束だったけど」
「嘘!」
彼女は仰々しい表情で、目を見開き、訴えかけてくる。
「嘘……」
「どんな嘘さ」
「…………」
「どんな嘘?」
言いながら、顔を近づけたが、すぐに顔を逸らされる。
「そんなだって……」
胸を右手で強く押してくるのでその手首をつかんだ。
そして、目を見て言う。
「僕が誘ったから君が何か悪いわけじゃない。でも、少なからず、君も僕のことが嫌いではなかったのかなと思うよ」
「……」
話を聞くなり、腕を振ろうとしたので、そのまま捕まえておく。
「私は、覚えてません」
彼女は渾身の一言を吐き出したようだが、
「いいよ、それで」
軽く軽く答える。
「いいじゃない。それで……」
顔を近づけると、どんどん上半身を反らすので、そのまま追いかける。彼女は後ずさって逃げるしかなくなり、3歩進んだところで、背中に窓がついた。
「僕が専務だということも、君の前では無意味だよ」
上下関係をしっかり意識させ、ひるませて、キス。
頭が浮かないように、窓にしっかり後頭部をくっつけさせて、思い切り舌を入れる。
右手に力が入ったので、そこも、痛くない程度に制しておく。
長い、キス。
彼女はキスには応えず、逃げようともがいているようだったので、途中、腰に回していた手を顎に添えて逃げ道を遮断する。
すると、徐々に応え始める。
その反応が想像以上に良くて、つい、身体を摺り寄せてしまう。
彼女の右手が動き始めたので、手首から手を離した。するとすぐに、スーツのひじの辺りを掴んで身体を支えようとしてくる。
我慢ならず、一度唇を離して思い切り抱きしめた。
自らの中心が熱くなり、それを擦り付けるように身体をかき抱く。
「部屋行こう」
言った途端、大人しくしていた彼女が目覚めたように、
「えっ」
と、大きな声を出す。
「そうすれば、何か思い出すかも」
言い切って、腕をつかみ、ドアを目指したが、彼女の足は動かず、行く手をすぐに阻まれる。
しかし、あまり強引に連れて行くのは得策ではない。そう思い直し、
「一夜限りって言ったら納得してくれる?」
したい、という気持ちが先走りすぎた。
憧れの、夢の瞬間が今叶えられようとしていたがために、言葉を誤った。
彼女は一気に力を抜く。
「……」
よくよく顔を見ると、大粒の涙が床までこぼれていた。
熱い力が一気にしぼんでいく。
「、そんなことにさせるつもりはないけど」
今さらフォローしたって遅い。
「ごめん」
その涙を隠すように、抱きしめる。
「ごめん」
謝る以外の方法が思い浮かばない。
「わ……私はそういうのはしません!」
しゃくりあげ、本気で泣いていた。
謝罪のつもりで、思い切り抱きしめるが、まるで逆効果で
「私は……浮気なんか……」
随分思いつめている。
巽への体裁のつもりなのか、それとも記憶の混乱がそうさせるのか。
もう一度冷静になる。今日ではない、次回。その身体を手中に収める。
そう決めてから、言葉を選んだ。
「……浮気なんか、はしないんだと思うよ」
彼女はそこで、ようやく、俺の顔を見る。
目が合う。
俺は、怖れず、はっきりと言った。
「だから、それくらい、俺のことが好きだったんじゃない?」
彼女とここへ来たのは、今日が2度目だ。だが、彼女はその事を覚えていない。
附和薫は、香月のことを数時間で全て調べ上げた。
1年前の涼屋の件で最後に顔を合わせた後、巽とは結婚の話が進まず、転落事故によりこの5年の記憶がないままエレクトロニクスを辞め、リバティに入って来たこことをもう一度頭に想い描いておく。
ショパールの腕時計は午後7時5分を既に指している。
今、彼女が既に秘書に連れられてVIPルームに入り、待っているのかと思うと、あの、完璧に整った美しい顔でおおそらく昼間のようにおどおどしながら待っているのかと思うと、楽しくてたまらなくなる。
昼間だって、
「忙しいんですが」
と、思い切り顔と声に出して嫌味を言われることくらい覚悟で行ったが、それが全く逆の、ありえないほどの、見たこともない消極的な彼女を見て、居ても立ってもいられなくなった。
今日仕事終わりに従業員通用口で、秘書に声をかけられた時の彼女はどうだっただろう。
そのまま車に乗り込んだ彼女は一体、どんな表情でいたのだろう。
これがわくわくせずにはいられない。
本日既に入っていた会合も、まあまあ価値のある物だったが、蹴らずにはいられなかった。
車がホテルに到着するなり、自らドアを開けて、自動ドアをすり抜ける。
エレベーターを数分待つのも苦痛で、腕時計を何度も見直し、携帯電話で使いの者に、間違いなくVIPルームにいるのか確認させる。
大丈夫、彼女は今、手の中にいる。
最上階にそのまま上がり、そこからはあえて、落ち着いて歩き、ドアを開けた。
「…………」
いた。テーブルの椅子にはつかず、窓の前でただ突っ立っている。
ほっとした。
「………専務の特権、だとは思わないでほしい。君と僕は特別な仲だったんだから」
不審な表情。だがそれは、更にいつもよりも魅惑的で、瞳が暗いが故、更に美しく見える。
足早に近づく。そして、腕を伸ばして抱きしめた。
『専務』という言葉で、しかも自社ではない親会社の『専務』という存在に、既に彼女はこの腕の中に捕らわれている。
「え……」
彼女の息のような、しかしはっきりと当惑した声が聞こえた。
だがそれには構わず、思い切りその感触を確かめる。
「あぁ……」
吐息が漏れた。
これを、待ち望んでいたのだと。
至福の喜びを身体中に感じる。
そして、
「……」
遠慮せず、唇をつけた。すぐに、割り込んで舌を入れる。
抵抗されることを予想して、本音を言えば舌を侵入させるのがすこし怖かったが、一度入れてしまえばこちらのもの、吸い尽くすように、味わい尽くすように、角度を変え、何度も何度も、深く口づける。
最初は驚いていた彼女は、それに応えようとはしないまま、固まったままで少し時間が過ぎる。だが、徐々に抵抗しようと試みてきたので、更に強く抱きしめ、もう一度口づけ直す。
されるがままだった彼女も、ようやく余裕が出て来た頃、身体をよじり、一瞬唇が離れた。
そしてそのまま、距離ができる。
「…………」
視線を床に唇を手の甲で拭う姿に、
「……久しぶりの感触でも僕を思い出さない?」
極めつけの一言を放った。
彼女はこちらを見ず、そのまま停止してしまっている。
「ホテルのスィートルームで朝までいた事、忘れた?」
ようやく彼女は、ゆっくりこちらを見上げた。
「ほ……ホテルで私は……」
「……そのことは覚えてるの?」
まさかとは思いながら聞いてみる。
彼女はすぐに首を横に振った。
「いえ……。でも私が、あなたとホテルに行ったことで巽さんと喧嘩してて出て行ったということは、聞きました。巽さんは、ホテルでは何もしてないって……言ってましたけど……」
「君がそう言ったからだろうね」
「…………」
顔が動かなくなる。
「僕は……」
言いながら、その華奢な腰を両手でつかみ、ぐいと引き寄せる。彼女は上半身を逸らし、手で胸板を押してきた。
「で、でも、私は……」
「誘ったのは僕だけど、同意してくれたじゃない。とりあえずその場限り、という約束だったけど」
「嘘!」
彼女は仰々しい表情で、目を見開き、訴えかけてくる。
「嘘……」
「どんな嘘さ」
「…………」
「どんな嘘?」
言いながら、顔を近づけたが、すぐに顔を逸らされる。
「そんなだって……」
胸を右手で強く押してくるのでその手首をつかんだ。
そして、目を見て言う。
「僕が誘ったから君が何か悪いわけじゃない。でも、少なからず、君も僕のことが嫌いではなかったのかなと思うよ」
「……」
話を聞くなり、腕を振ろうとしたので、そのまま捕まえておく。
「私は、覚えてません」
彼女は渾身の一言を吐き出したようだが、
「いいよ、それで」
軽く軽く答える。
「いいじゃない。それで……」
顔を近づけると、どんどん上半身を反らすので、そのまま追いかける。彼女は後ずさって逃げるしかなくなり、3歩進んだところで、背中に窓がついた。
「僕が専務だということも、君の前では無意味だよ」
上下関係をしっかり意識させ、ひるませて、キス。
頭が浮かないように、窓にしっかり後頭部をくっつけさせて、思い切り舌を入れる。
右手に力が入ったので、そこも、痛くない程度に制しておく。
長い、キス。
彼女はキスには応えず、逃げようともがいているようだったので、途中、腰に回していた手を顎に添えて逃げ道を遮断する。
すると、徐々に応え始める。
その反応が想像以上に良くて、つい、身体を摺り寄せてしまう。
彼女の右手が動き始めたので、手首から手を離した。するとすぐに、スーツのひじの辺りを掴んで身体を支えようとしてくる。
我慢ならず、一度唇を離して思い切り抱きしめた。
自らの中心が熱くなり、それを擦り付けるように身体をかき抱く。
「部屋行こう」
言った途端、大人しくしていた彼女が目覚めたように、
「えっ」
と、大きな声を出す。
「そうすれば、何か思い出すかも」
言い切って、腕をつかみ、ドアを目指したが、彼女の足は動かず、行く手をすぐに阻まれる。
しかし、あまり強引に連れて行くのは得策ではない。そう思い直し、
「一夜限りって言ったら納得してくれる?」
したい、という気持ちが先走りすぎた。
憧れの、夢の瞬間が今叶えられようとしていたがために、言葉を誤った。
彼女は一気に力を抜く。
「……」
よくよく顔を見ると、大粒の涙が床までこぼれていた。
熱い力が一気にしぼんでいく。
「、そんなことにさせるつもりはないけど」
今さらフォローしたって遅い。
「ごめん」
その涙を隠すように、抱きしめる。
「ごめん」
謝る以外の方法が思い浮かばない。
「わ……私はそういうのはしません!」
しゃくりあげ、本気で泣いていた。
謝罪のつもりで、思い切り抱きしめるが、まるで逆効果で
「私は……浮気なんか……」
随分思いつめている。
巽への体裁のつもりなのか、それとも記憶の混乱がそうさせるのか。
もう一度冷静になる。今日ではない、次回。その身体を手中に収める。
そう決めてから、言葉を選んだ。
「……浮気なんか、はしないんだと思うよ」
彼女はそこで、ようやく、俺の顔を見る。
目が合う。
俺は、怖れず、はっきりと言った。
「だから、それくらい、俺のことが好きだったんじゃない?」