川に流るる紅い毛の…
子狐様豊穣伝説ー始まりの章

草むらを滑るように走る黒い影が、月明かりの下を動き回っていた。
その黒い影から逃げるように紅い影が走っていく。


だめだ、このままじゃ……!うっ!…

紅い影は焦って走っていたせいで自分の足の小指ほどの小石に気づかず転けてしまった。
紅い影が震える足を抑え地面に座りこむ。
そして紅い影は月明かりを見つめた。優しき光が彼を包み込み、姿を現す。
暗闇だったので紅く見えていた毛は金色の毛に何者かの攻撃を受け、自らの毛で紅く染まっていたものだったのだとわかった。
さっきまでの焦り具合からみて、黒い影が彼を傷つけたのだろう。

彼は休んでいる暇じゃないと起き上がろうとしたとき草の影から、グルルと深い唸りとともに黒い影が彼へと歩みを進めた。いきなり襲ってこないのは、彼へのせめてものの慈悲だろう。

月の光が黒い影を包む。鋭い牙と鋭い目つきは獲物を刺したようにさせる。そう、彼は狼だった。
狼は湿った低い声で、

「すまないなぁ…子狐。俺はお前を喰いたくないんだ。だがなぁ…子狐。この世は弱肉強食、俺は何かを喰っていかねぇと生きていけないタチなんだ。」

その言葉を聞いて子狐は震えながら答えた。

「そ…それは…わかる…。だけど……僕を…喰わなくてもいいじゃないか……。」

狼は子狐の返答を聞き、ニタニタとしながら言った。

「そうさ。本当は俺はお前を喰いたくはない。なぜなら肉が少ないからだ。もう少し大人になってから食おうと思ったのだが、もう悩んでいる暇なんてないのさ」

子狐は震えた。

狼の言う通りニンゲンというものが食糧難に陥ってからというもの、頻繁に狩りをおこなうようになったのだ。狼の数も減り、それに比例して狐の数も減った。いまとなっては他の動物も見えなくなってしまった。

それからというもの、僅かに生き残った動物による生存戦争の始まったのだった。
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