世界は案外、君を笑顔にするために必死だったりする。-deadly dull-
「それを聞いて、妙に納得しちゃったんだよね、私。でも、綺麗なお花をお母さんにあげたくて。そう言ったら、『絵を描いたらいいんじゃないかな?』って言われて。男の子は背負っていたリュックから、スケッチブックとクレヨンを渡してくれた。私はそれでお花を描いた。絵を完成させて、男の子に見せたら『上手だね』って褒めてくれたんだ。それから幼稚園に帰って、先生に怒られちゃった。『どこに行ってたの!』って。私はその男の子に会ったことは内緒にしたんだ」

「なんで?」

「なんか、私だけの秘密にしたかったのかも。その男の子のこと、なんとなく特別に感じちゃったのかもね」


「一瞬の一目惚れってやつかな」と翡翠は笑う。


「それで、迎えに来たお母さんにその絵をあげたら、すっごく喜んでくれた。『上手ね』って、頭を撫でてくれた。その時からかな、私が絵を描くようになったの。まぁその男の子には、それから二度と会うことは無かったんだけどね」

「なんか、小さいドラマみたいだね」

「あはは、そうかな?」


恥ずかしそうに笑う翡翠。

私はまた、目の前の絵に視線を向けた。

お花畑が見えた気がした。

翡翠にとってその経験は、今もこんな風に影響しているんだろう。


「そろそろ戻ろうか」

「そうだね」


授業が始まる3分前。
私達は、美術室を出た。
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