トンネルを抜けるまで
「そう。ごめんなさいね。昔から、誰かに頼ったり、甘えたりするのが下手だったの。それに、あの状態になった時、苦しみと同じくらいあったのはこのトンネルのことだった。人にどうこう言っておいて、一番来たかったのは私かもね」
 君は何時もそうだ。何時も自分の体より、目先の好奇心。何日も寝ずにどころか、食べもせず好奇心を埋めることに没頭していた。
「そのツケが来たんじゃないかな~って思ってる。駄目よね、体もっと大事にしないと」
 そして何時もその楽天的な言葉が出る。確かに君はあのトンネルの存在をしきりに気にしていた。だが、わざわざ死のうと思ってはいなかっただろう? 手術して助かるものなら、お前は助かりたいと願い人間だろう?
「そうね。でも、そう上手くいくはずはないわ」
 だからこそ、僕を信頼していたのならもっと尚更言って欲しかったんだ。アレを食べたいコレを見たい。あそこへ言って、こんなことをして、そしたらこうして……そんなことを。それで、辛い時は痛い、苦しい、辛い、助けて。そう言って欲しかった。
「それは」
 それは僕のエゴだ。そう言いたいんだろう。分かってる、分かってるよ。すまない。そう言ったら満足するだろうと、思っている自分が今情けない。
「ううん、そんなこと言おうとしてない。素直に有難うって。嬉しいわ。まぁでも、私家族にも言って無いくらいだから。でもね、最後の綺麗な花を見たいって言うのは、一つのお願いだったのよ」
 そうだな。もう花は添えられているのに、不思議だと思ったんだが。その時、エルは自分の死期を悟ったんじゃないかと思って。だから、急いで行こうと思ったんだ。だが、その間に君は……。
「うん、そう思ったから、貴方に苦しんで死んだ姿を見られまいと思って行かせたの」
 何故僕に見せたくなかった?
「だって貴方、私が倒れてから仕事で接してきた時と全然違ったんだもの。とても必死で、苦しそうで、なのに無理して笑ってて。見てる方としては、私よりよっぽど苦しそうだったわ。そんな貴方が私がもがき苦しんで死んだらどうなるか。怖かったのよ」
 ……お見通しなんだな。確かに、暫く家から出なかったかもな。
「貴方、そんなんで両親が寝込んだ時大丈夫?」
 全くだ。もう少し強い意志を持たないとな。でも大丈夫だ、こうして死後の君に会って、少し安心した。例え亡くなっても、こうして生きている。そう思っていれば、気が楽だ。
「でしょ? よく言うけどさ、例え貴方がいなくなっても、私の心の中にずっといるってヤツだよ」
 有難う。何だか逆に励まされてしまったようだよ。
 帰る決心が固まったその時だった。僕達3人とはまた違う、一つの足音が近づいてきたのは。
「もしかして、またバイキンのストライキ!?」
「ううん。バイキンなら、靴音しない」
 バイキン? 二人の言葉が少し気になったが、それより今は背後の足音。どんどん近づいてくる。そして……。
「キャッ!」
 僕にぶつかってくると、そのまま華奢な声の女性はその場に転んだ様だった。
「大丈夫かい?」
 僕が暗闇の中、手探りで女性の肩を探し当てた。その感触を手立てにし、僕の手を掴むとそのまま立ち上がった。
「す、すみません……突然見知らぬ土地に来て、怖くて。誰かいないかって、がむしゃらに走ってしまい……」
 顔は見えづらいが、この声はもしや……心当たりのあった僕は、女性に尋ねた。
 君、セリシアじゃないのか?
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