尽くしたいと思うのは、




「くるみさん?」

「っ!」



びくりと肩を跳ねあがらせる。手をとめて様子をうかがう明衣ちゃんの姿に、自分が固まってしまっていたことを知る。

かーっと頬に熱が集まった。



「どうかしましたか?」

「ううん、なんでもないの! それじゃあ明衣ちゃん、頑張ってね」



逃げ出すように、タイムカードを切って事務室を飛び出した。

オフィスのあるビルを出ると、こつこつこつ、とわたしの高くも低くもないヒールがアスファルトと触れて音を立てる。しばらく黙々と歩いていた足を、とある店の前でふととめた。

そしてそのまま、一瞬の躊躇ののち、わたしはその中へ入って行った。






さっきより人の減った社内で足を進める。しんどいけど階段を登って7階まで。

少し息を弾ませて、事務室に顔をのぞかせた。



「明衣ちゃん」

「えっ」



わたしの方へと振り返った彼女が、ぱちぱちとまばたきを繰り返す。黙っていても驚きが伝わる表情の明衣ちゃんに「忘れものですか?」と尋ねられた。

だけど違うよ、とわたしは首を横に振る。



「はい、差し入れ。頑張ってね」



そう言って紙袋から取り出したそれ────キャラメルマキアートを彼女に差し出した。



そう、さっきわたしが寄った店はコーヒーショップ。学生時代は滅多に行けなかったところだけど、社会人になってからはずいぶん回数が増えた。

少し高いけど美味しいし、期間限定のものは逃さず飲んでいる。



「わー、ありがとうございます!」



ふわりと緩められた頬につられるように、わたしもよかったと笑みを浮かべた。



邪魔をしないうちにと自分のデスクから付箋とボールペンを取り出し、さらっと書きつける。名前の書いた付箋を紙袋の中のコーヒーに貼りつけ、冷蔵庫へ。

そしてもう1枚を加地さんのデスクに、貼りつけた。



『加地さんへ
お疲れさまです。
冷蔵庫にコーヒーが入っているのでよかったらどうぞ。
               水瀬』






< 34 / 72 >

この作品をシェア

pagetop