尽くしたいと思うのは、
「くるみさん?」
「っ!」
びくりと肩を跳ねあがらせる。手をとめて様子をうかがう明衣ちゃんの姿に、自分が固まってしまっていたことを知る。
かーっと頬に熱が集まった。
「どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないの! それじゃあ明衣ちゃん、頑張ってね」
逃げ出すように、タイムカードを切って事務室を飛び出した。
オフィスのあるビルを出ると、こつこつこつ、とわたしの高くも低くもないヒールがアスファルトと触れて音を立てる。しばらく黙々と歩いていた足を、とある店の前でふととめた。
そしてそのまま、一瞬の躊躇ののち、わたしはその中へ入って行った。
さっきより人の減った社内で足を進める。しんどいけど階段を登って7階まで。
少し息を弾ませて、事務室に顔をのぞかせた。
「明衣ちゃん」
「えっ」
わたしの方へと振り返った彼女が、ぱちぱちとまばたきを繰り返す。黙っていても驚きが伝わる表情の明衣ちゃんに「忘れものですか?」と尋ねられた。
だけど違うよ、とわたしは首を横に振る。
「はい、差し入れ。頑張ってね」
そう言って紙袋から取り出したそれ────キャラメルマキアートを彼女に差し出した。
そう、さっきわたしが寄った店はコーヒーショップ。学生時代は滅多に行けなかったところだけど、社会人になってからはずいぶん回数が増えた。
少し高いけど美味しいし、期間限定のものは逃さず飲んでいる。
「わー、ありがとうございます!」
ふわりと緩められた頬につられるように、わたしもよかったと笑みを浮かべた。
邪魔をしないうちにと自分のデスクから付箋とボールペンを取り出し、さらっと書きつける。名前の書いた付箋を紙袋の中のコーヒーに貼りつけ、冷蔵庫へ。
そしてもう1枚を加地さんのデスクに、貼りつけた。
『加地さんへ
お疲れさまです。
冷蔵庫にコーヒーが入っているのでよかったらどうぞ。
水瀬』