尽くしたいと思うのは、
「お疲れさまでした」
片づけを済ませて席を立つ。なんだかんだで昨日も遅かったから、早めに仕事を切り上げた。
今日は金曜日だし、家に帰ったらゆっくりしよう。
「水瀬、今日は早いんだな」
「浅田さん」
珍しくわたしの席近くにある棚の資料を使っていたらしい彼は使い終わったのか、ファイルを手に横を通ろうとしていた。
残業ばかりのわたしがもう帰ろうとしているのに違和感を感じるのかな。わざわざ声をかけてきた。
「はい、今日はお先に失礼しますね」
笑って言えばうん、と浅田さんが頷く。
「お前はいつも頑張りすぎだから、いつもそれくらいでいい」
「っ、」
「ゆっくり休め」
ぺこりと頭をさげて、その場を立ち去る。彼の優しい視線を背中に感じて、どきどきする。
浅田さんって、もしかして……。いやいや、そんなまさか、ね。
彼の真意を問いたいような気もするけど、首をふるりと横に振ってなかったことにする。わたしなんかがこんなことを考えるなんておこがましい、と自分に言い聞かせて階段をおりた。
ビルの1階の扉が開き、生ぬるい空気が流れてきたことに少し眉をひそめたのもつかの間。そこにいる人の姿にわたしは心を奪われる。
「加地さん!」
外回りから帰ってきた、彼が名を呼ばれて顔をあげる。目が丸くなり、そのあと笑みの形に細められる。
水瀬ちゃん、という彼の声に胸が甘く跳ねた。
「今帰り?」
「はい」
「そっか」
大した会話じゃない、誰とでも交わすような言葉の応酬。なのにどうして、こんなにも嬉しくなるんだろう。
たとえ一言でも言葉をかけてもらえただけで、1日仕事を頑張ってよかったと思える。
「そういえば昨日はありがとう。
コーヒー、いただきました」
「いえ! お疲れさまです」
よかった、重いって言われずに済んだ。今回はどうやら加地さんジャッジに引っかからなかったみたい。
ねぎらいの言葉をかけながらほっと息を吐く。