逃げ惑う恋心(短編集)
逃げ惑う恋心


 父さんの仕事の都合でアメリカに十年住んだけれど、どうしても日本で役者になりたくて単身日本に帰ってきた。

 久しぶりの日本での暮らしは、思いの外ハード。

 初めての一人暮らしだし、友だちはほとんどいないし、なかなか仕事が入らないし。母国だというのにホームシックにかかって、毎日めそめそしていた。

 そんなおれを助けてくれたのは、親戚のおじさんやおばさんやいとこ。特にいとこの千穂ちゃんは、年も近いし、うちにごはんを作りに来てくれるし、毎回欠かさず舞台を観に来てくれるから、一番の仲良しだった。

 その千穂ちゃんに、役者仲間の友ちゃんを紹介したのは、四年前のこと。

 始まりは所謂、ダブルブッキングというやつだった。千穂ちゃんをごはんに誘っていたのに、すっかり忘れて友ちゃんを誘っちゃって。じゃあ三人で行こうということになった。

 それから何回か三人でごはんに行ったり、友ちゃんと千穂ちゃんのふたりでおれが出ている舞台を観に来てくれたり。紹介したのはおれだけど、これは予想外。

 でも大好きな友ちゃんと大好きな千穂ちゃんが仲良くなってくれるなら、こんなに嬉しいことはない。
 友ちゃんとごはんの約束をしたとき「あいつも呼べば。春のいとこ」なんて言ったり。思っている以上にふたりは仲良くなっているみたいだ。

 ちょっと話が飛躍しちゃうかもしれないけど、ふたりが付き合い始めたらいいなあ、とか。思ってたりしてた。ん、だけど。

 盛り上がっているのは、おれだけなのかもしれない……。



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