逃げ惑う恋心(短編集)




「千穂ちゃんごめん! なんか千穂ちゃんの機嫌悪くするようなこと言ったならちゃんと直すから! だからはっきり言ってほしい!」

 背後でキャストスタッフ陣が「なにごと?」「彼女?」「喧嘩?」とか言っているけど、それどころじゃない。大好きな千穂ちゃんに嫌われるかどうかの瀬戸際だ。

 おれの代わりに友ちゃんが「春のいとこ」と説明してくれていた。

「え、いや、あの、春くん、落ち着いて。機嫌悪くないから」

 千穂ちゃんは戸惑った声でそう言った。

「え、じゃあ、なんで……?」

「何もないよ」

 次に千穂ちゃんは「ふふ」って笑って、受話器越しにずっと聞こえていた足音が止まった。

「あのね、春くん。春くんとわたしはいとこだけど、春くんは役者さんで、わたしは一般人だから。あんまりそっちの世界のひとと関わるべきじゃないと思うの。柳瀬さんとかもね」

「友ちゃん……?」

「だから、ごめんね」

「ううん、おれこそ、ごめん……」

「じゃあわたしこのあと会社に戻ることになったから。まだ東京いるよね? 明後日くらいに春くんち行くね」

「うん、頑張ってね……」

 再び電話が切れたけれど、おれには千穂ちゃんの言っていることがよく分からなかった。

 おれたちは役者で、千穂ちゃんは一般人だから、関わっちゃいけない? なんで?

 役者とかそういうのの前に、おれと千穂ちゃんはいとこじゃん。友ちゃんも、おれの友だちとして紹介したのに。なんでそういうこと言うんだよ。なんでそんな寂しいこと言うんだよ。

 千穂ちゃんが怒っているわけじゃないと分かったけれど、話の内容がしっくりこなくて、そのあとの打ち上げも楽しむことができなかった。



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