窓ぎわ橙の見える席で

素材を生かすのは、人も料理も同じ



日曜日。午前11時。
自宅のそばの道路沿いに佇む女、私。


気合いなんか入れちゃイカンと自分に言い聞かせていたはずなのに、あらやだ、どうしてワンピースなんか着てきちゃったの?
東京で働いていた時に、何年目かの冬のボーナスで奮発して買ったネイビーのシンプルな膝丈のワンピース。
梅雨がもうすぐ明けるとは言え、天気はあまりよろしくない。
気温は温く、湿度は高い。
半袖のカーディガンを羽織るくらいでちょうどいい。


自分のザ・デート服を見下ろして「なんじゃこりゃ!」とツッコミを入れそうになった。


さすがに間もなく三十路になる私に対して、出かけることを両親が追及してくることは一切無い。
「早く帰れ」とか「どこに行くの?」とか、そんな詮索もゼロ。どこにでも行ってこいレベル。


お願いだから、このワンピースに見合うくらいのマシな服を辺見くんが着てきてくれますように。
いくらなんでもあのいつも着ているボロ服を着てくるなんてことはあるまい。
今日は学校だって休みなんだから。


約束していた時間よりも少し遅れて、見覚えのある辺見くんの車が目の前に停まった。
駆け寄って、助手席に滑り込む。
いつものヘラッとした気の抜けた笑顔が私をお出迎えしてきた。


「お待たせ、宮間さん」

「おはよ、辺見くん。………………ってこんな日でもそんな服なわけ?」


呆れて開いた口が塞がらない。
辺見くんは色褪せたサイズの合わない大きめの七分袖シャツと、カーキ色のカーゴパンツを履いていた。
どちらも裾がほつれたり、ボタンが取れていたり、一体いつ購入したのか問いただしたいようなもの。
靴はお決まりのスリッポン。


確かにいつもの学校用の服ではない。
しかしながら非常にローセンスである。


「あ、宮間さん今日はピアスしてる!ちょっと見せて」


休みの日くらいしか身につけることのないロングピアスにいち早く気がついた辺見くんが、昼間の明るい車内で当たり前のように私の耳元に手を伸ばしてきた。即座にその手をはじき飛ばしてやった。


「触らないでエロ男。ボディタッチ禁止」

「え、そんなんじゃないよ。僕はエロいわけじゃないよ、至って健全だと思う。30代男性のそれ相応の性欲を持っていて……」

「黙れ変態」


この人と話していると、穏やかだったはずの私の口調が荒くなるのは何故なのかしら。
困ったもんだわ、本当に。

< 91 / 183 >

この作品をシェア

pagetop