私は、エレベーターで恋に落ちる
「榎田っていう、黒髪の短髪の弁護士から言われてたのに」
伊村さんは、あきらめて録音ボタンを押してランプを消した。

「いいんですか?」

会社の顧問弁護士から、なるべく印象をよくすること。
それから、会話の内容は録音しておくようにとアドバイスされたと言った。

「もう、いい。俺を訴えたかったら勝手に訴えろ」
やけになってしまったみたいだ。


「それで、スーツなんか着てるんですか?」
細身の上品なスーツが、似合わないわけじゃないんだから。
むしろ、見た目をよくするなら、弁護士に言われなくても毎日スーツを着るべきだ。


「こんなもので、印象が変わるなんて思ってないけどな、俺は」
動きにくいのか、何となく居心地悪そうに肩をぐるって回す。


「そうですね。スーツは堅苦しいですからね」野蛮人には。


「やっぱそう思うよな?」


「ちゃんとしたものを着ても、中身は変わってませんから」

興味を持ったのか、目を輝かせてこっちを見る。

「着てるもので人間が変わったら、その方が恐ろしいだろ」
正直に言ってしまったから、反論するかと思ったら伊村さんは、素直に認めて頷いた。


「でも、人は見た目で判断します」


「弁護士みたいなこと言うなよ。俺は、別に中身以上の何者にも、見られたいとは思わないけどな」そんなこと、なんども言われて聞きあきたとジェスチャーで示した。


「その通りですね。そのスーツを着てると、実際の中身以上の落ち着いた男性に見えてしまいますからね」


「おい、お前、人が黙って聞いてると思って、言いたいこと言いやがって」

「ほうら、すぐにボロが出た。伊村さん、エリートサラリーマンは、そんな口の聞き方しませんよ」

< 61 / 155 >

この作品をシェア

pagetop