契約彼氏はエリート御曹司!?【試し読み】
「瀬那さん、昼休憩になりましたよ。ほら、休まないと」
「あ、う……うん。もうちょっと」
「頑張りますねぇ。じゃ、俺、食事行ってきますから」
広瀬くんは軽い足取りでオフィスを出ていく。
四十五階にはカフェテリアのほかに、テレビや自動販売機が設置されたレクリエーションルームがある。いつもそこへ行くようだ。
続いて、笹部さんも席を立つ。
「古川、飯行こうぜ。今日はなんにするかな……あ、瀬那は適当なところで切り上げろよ」
「わかりました」
笹部さんに返事をし、ひとりになったところでフウッと息を吐き出した。
いろいろ考えていても仕方ない……とりあえず、メールを確認しよう。
新着で赤くなっている件名をクリックすると、今度は現れた本文に目を丸くする。
「えっ……どういうこと?」
【瀬那葉月様 突然のメールで申し訳ありません。お話ししたいことがありますので、本日、十二時五十分に五〇三会議室へ来ていただければ幸いです。もしご都合が悪ければ改めますので、ご一報ください。 営業総本部 閂 蒼一】
よ、呼び出された……やっぱり、ウワサについて注意されるのかな? それにしてはずいぶんと丁寧な文章だよね。なんなんだろう。
不思議に思いながらメールを読み返し、首を傾げた。
とりあえず、私の名前が書かれていることから誤送信ではなさそうだ。
メールの差出人である閂 蒼一総本部長は、名字からわかるように閂建設の御曹司だ。
営業総本部は、マンションや商業施設を対象にしている建築営業部や、病院や介護施設などを扱う医療福祉営業部、全国各地にある支社の営業部など、すべての営業部をとりまとめているところ。
そんな部署で、三十二歳という若さで部長を務めている。
この情報だけなら単に社長の息子だから……と思うけれど、ちゃんと実力もあるらしい。
難攻不落と言われていた取引先からの受注をもらったり、都市部に建てた超高級タワーマンションを即完売させたり、競争率の高い事業をプレゼンで勝ち取ったり……大きな商談はすべて彼がまとめていると聞いたことがある。
それら以外にも、営業部ではさまざまな武勇伝が語られているようだ。
しかも、総本部長は今、社内で“次期社長候補”だとウワサされている人。
閂建設では彼の父親である現在の社長が、六十五歳になるのを機に、来年の三月末で社長の座を退く予定だ。
大企業であることを考慮してマスコミには早々に公表しているものの、後継者はまだ発表されていない。
社長にはふたり息子がいる。総本部長と、その兄である専務の閂汰一(かんぬきたいち)さんだ。
歴代の社長を思い返すと閂建設は世襲制なので、どちらかが新社長に就任すると思われる。
普通に考えるなら兄であり、すでに専務の地位にいる汰一さんがなりそうだけど、専務が仕事に対して不真面目なこともあり、社内では総本部長を新社長に推す声が大きい。
そんな雲の上にいるような人が、なんで設計部の平社員である私なんかを呼び出すの……?
遠目に見たことがあるけれど、話をしたことはない。
確か身長が高くて体格もよかった。前に同僚が、何時間見ても飽きないほどカッコよくて人柄もいいので、女子社員の多くが狙っていると話していた。
メールからも、人柄のよさはよくわかる。
閂建設の御曹司だし営業総本部長でもあるのだから、もっと偉そうなメールを送ってきそうなのに、低姿勢な言葉で綴られていた。
いいウワサしか聞かない総本部長かぁ……。『付き合った男をダメにする』なんていうサゲマンのウワサがある私とは大違いだな……。
「と……とりあえず、行かなきゃいけないよね」
閂建設の御曹司かつ営業総本部長から名指しで呼び出されては、断ることはできない。まずは、話を聞いてみよう。
カフェテリアの混雑を避けるため、社内ではいくつかの部署ごとに昼休憩の時間がずらされている。けれど、営業総本部はたまたま設計部と同じく、十二時から十三時までが休憩時間だった。
午後の就業が始まる十分前を指定してきているのだから、そのくらいの時間で終わる話なのだろう。
私はあまり深く考えないようにして、デスクで弁当を食べ終えると、五十階にある、五〇三会議室へと向かった。