若の瞳が桜に染まる
雨が続いたある日。

傘をさし、どんよりした天気のなか、会社から帰宅途中の我久を包む空気は色づいていた。

先に帰った日和に会いたくて無意識のうちに足が早まり、その顔は緩みきっていて、デレデレしっぱなしだった。

だがふと、脳内に刺激が走った。
背後から何者かの視線を感じたのだ。

足を止めて振り返り見回してみるも、そこには誰もいない。

「気のせいか…」

再び歩き出すと、その気配はいつの間にか消えていた。

そして屋敷で日和に出迎えられると、怪しい気配のことなど頭の隅に追いやってしまった。

屋敷から少し離れた場所。
そこでは、顔を隠すように真っ黒な傘をさした一人の男が立っていた。
その男はおもむろに携帯を取り出すと耳にあてた。

そして相手が出たのか、男は伝えた。
我久と日和の二人が屋敷に住んでいるということを。
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