ゆえん

「私ね、更衣室の鍵をかけた覚えはないの。そんなことしてないよ」

「うん」

「でも、私が更衣室に来たとき、外鍵が掛けられていたの。みんなは本当に閉じこめられていたみたい。でも、私、本当に鍵掛けたりしてないよ」


楓は怯えたような瞳で訴えてきた。

一見、気が強そうでいて、楓は一人っ子で叱られることに慣れていないのだ。

担任にやってもいないことを責められて、それでも自分はやっていないから謝らなかったのだろう。

俺だけは信じてあげたい。


「わかっているよ。楓が違うって言っているんだ。楓じゃない」

「浩介君」

「教室に戻るのも面倒臭いな。授業終わるまで、屋上の踊り場で隠れているか」

「もっと怒られるよ」

「どっちにしても怒られるなら、自分のしたことで怒られる方がマシだろ。授業をサボった。だから怒られる。鍵のことで怒られるのは癪だからな」


放課後、俺たち二人は進路指導室に呼び出されて、こってりと絞られた。

担任がほかの教師に呼ばれて説教をやめるまで、一時間は叱られていた。

その一時間の間に担任の目を盗んで、手を机の下に隠しながら楓に三回ピースをして見せた。

三回目のピースの後に楓が一瞬だけピースをして見せてくれた。

誰かを一人にしたくないとか、守ってあげたいと思う気持ちが湧き上がったのはこの時が初めてだった。

そう思わせた楓は俺にとって、特別な存在になった。



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