ゆえん

毎日、あんなにも魅力的な女性と同じ店で一番長く一緒に居て心が傾かないわけがない。

『You‐en』の常連客たちは冬真にそう言った言葉を向ける時がある。


「いや、もうそんな感情を持つのも恐れ多い恩人ですから」


冬真はいつもそう返す。

浩介が忙しい仕事で、二人で居る時間が一般的な夫婦より少ないとしても、楓の幸せそうな微笑みは浩介がいるからこそのもので、それは冬真もよくわかっている。

冬真にとって、楓は憧れの人であることに変わりはないけれど、時に姉であり、母親のようであり、一緒に働く友人でもあった。

それ以上の特別な感情を持ったりしたら、浩介に申し訳が立たない。

そう自分に言い聞かせて生きている。

だが、心とは思い通りにならないものだ。

二人の仲睦まじい光景を目の当たりにするのは想像以上に辛かったりする。

沙世子のことを思い出してしまうからか、他の理由からなのかは分からないままでいいのかもしれない。



< 43 / 282 >

この作品をシェア

pagetop