ゆえん
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カフェの名前である『You‐en』は、〈由縁〉と〈所以〉、そして〈あなたの・縁〉から来ているのだと、葉山夫妻が話してくれたことがある。
毎日、大勢の人と『You‐en』の中で、接触する。今はこの日常に救われているような気がする。
この小さな町では、誰かの知り合いは誰かの親戚で、子どもの頃から同じ教育機関を辿っている人も多い。
子どもの親同士も知り合いで、同級生だったなんてことは珍しくない。
冬真の学生時代に、彼の両親が離婚したことも町の大体の人は知っている。
その後の冬真の苦労も知っている。
そして不幸な事故で妻子を亡くしたことも。
だからこそ、余計な詮索をされなくて済んだのかもしれない。
淋しそうな横顔に笑顔を向けて話し掛けてくれる人々の優しさが冬真には温かかった。
こんなにも理不尽な現実の中で、どれだけ心を追い詰められたとしても、この場所があれば、ここでなんとか生きていけるかもしれない。
そう感じた過去の日々と同じように、真実に切り裂かれたこの心を抱いて、静かに今日を乗り越えていけばいい。
カフェコーナーのカウンターに入り、冬真は自分の心が落ち着きを取り戻していくのを感じた。
楓が冬真の元にホットココアを運んできた。
「お帰りなさい。なんだか疲れた顔しているみたいだから、はい。これ飲めば、大丈夫よ」
呪文のような楓の「大丈夫よ」と笑顔に、冬真の深呼吸する息が小刻みに途切れる。
ココアの入ったカップを両手で持ち、一口飲むと熱過ぎない少し甘めのココアが体内を降りていった。
「……大丈夫です。俺にはここがあるから」
そう呟くと、今度は安堵した表情で楓が微笑んだ。