ゆえん


「楓は笑顔を、本当の笑顔を失っていた。笑っていても笑っていないんだ。だから考えたんだよ。ただ地元に戻るんじゃなくて、俺たちにしか出来ないようなことを見つけ、それに夢中にさせなきゃならない、てな。最初は『Rai』を。そしてそこから楓が見出したのがココ、今の『You‐en』の形だ。それから楓は本来の笑顔を取り戻した。特に『You‐en』の実現に向けて詳細を語るときの顔は活き活きしていた」


楓とのことを浩介がこんな風に語るのは初めてのことだった。

まるで誰にも見せたことのないノートを捲りながらゆっくりと読んでいるようだ。

それが二人の大切な話であると、浩介の口調から冬真にも感じ取れた。


「その楓が、沙世ちゃんが亡くなった後、俺の前でよく泣くんだ。冬真を一人にしちゃ駄目だって。これには参ったよ」


浩介が大きなため息を吐く。

冬真は驚きのあまり、何も言葉が出なかった。


「弟みたいに思っていたし、何とかしてやりたいと思う気持ちもあった。だが嫉妬もしたよ。そして気付いた。皮肉な話だけれど、俺は楓との間に不安材料があると、いい曲が書ける」


キーボードの上に両手をのせ、浩介は柔らかなメロディを弾き始めた。

今まで、冬真が耳にしたことがない曲だった。


「楓はまだ自覚しちゃいない。たぶんお前も。俺だけが気付いているとも知らずにね」

「自覚、ですか」


ぼんやりと輪郭が見えるようで、はっきりしない。


「悪いと思うことなんてひとつもないさ」


浩介が言わんとしていることが冬真には見えない。


「誰にだって秘めた想いはある。それは責められることじゃない。そういうことだ」


そこまで言われて、突然冬真の血が騒いだ。


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