ゆえん


「……」

「ただ俺も、楓に振り回されているばかりじゃいられない。あいつも気付かなきゃな」


そこまで言って浩介は立ち上がる。


「理紗はここで働きたいらしいが、ワンクッションおいて『Rai』にしたんだ」


この人は、何処を押せばどんな音が出るかを熟知しているように、何がどんな風にその人間の心に作用するかを知っている。

コワイと思った。

自分の嫉妬心さえも操って作品を生み出す。

この人の前に出たら、自分はまだ思春期の少年のようだ。

だか、それと同時に、楓だけは失いたくないと必死になっているただの男にも感じた。


「……心配するようなこと、何もないですよ」


楓の態度に自分を一人の男として見ているような面は感じられない。

歳の離れた弟くらいだろう。

もちろん、奪うつもりもない。

元々自分にはそういう部分が欠落しているようにも感じる。

楓に対して自分が行動を起こすなんてことは、きっとこの先もない。


「今は、な。長い目で見るとどうかはわからない。けっこう情けない奴なんだよ、俺は」


立ち上がり、キーボードを元の状態に戻して浩介は出て行った。

浩介と二人きりでこんなに話したのは久しぶりだった。

そしてこんな話の内容は初めてだった。



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