なみだ雨


「今何時ですか?」

腕時計を見ると、練は9時を過ぎたところです、と答えた。

はるかは小さく頷くと、
抱えた膝の中に顔を埋めた。

帰らなきゃ。
家に帰らなきゃ。
何をされるだろう。何を言われるだろう。
叩かれるのは当たり前だ。

「…どうか、しました?」

練が優しく問いかけると、
ビクッと身体を震わせた。

あ…、あの時と同じだ。
看病してた時とおなじ空気。


「おじゃましました」

はるかは突然立ち上がって荷物を持った。

ちょっと待って、そう言おうとする練を遮って、深々とお辞儀をする。

顔を見られたくない。
泣き顔を見られたくない。

はるかは顔をあげないまま玄関に向かう。

「待って!」

無視して靴をはきはじめる。

「どうしたんですか。僕なにか失礼なこと…」

はるかは背中を向けながら首を横に振った。

「何でもないです、」

「他に行く当てはあるんですか?」

何を聞いてんだ、俺は。

後悔。

「もしないなら、僕がこの部屋を出ていきます。女の人が外を出るのは、もう、危険です」

反応がない。

「…携帯の、電池がないんです」

「え」

「充電器、貸してもらえませんか」

「あ、はい」

「お風呂貸してもらえませんか」

「はい」

「しばらく…とめていただけませんか」

「えっ…あ…はい」

「僕はどうしたら、いいですか?どこかに、泊まったほうがいいですか?」

「ここにいて、ください」



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