その瞳をこっちに向けて


「と思ったんですけど、ついさっき急用が入りまして。母が。……そう。母に肉を買ってこいと言われまして」

「えっと……。なら、俺も買い物付き合ってやるよ」

「結構です!」

「何でだよ?」


悩みもせずに断った私にムッとしたのか、中畑先輩の目が鋭くなる。


でも、でもだ。キッパリ断るにはそれなりの訳がある。ただ今は、それを口にするわけにもいかない。


「一人でじっくりと肉を吟味したいんです!一人でです!一人がいいんです!」

「はぁ?」


勝手に動く口は嘘を連ね。


「兎に角、そういう事なので」

「ちょっ、工藤」


逃げ腰の身体は、少しでも中畑先輩から離れようと廊下を駆け出す。



ああ。……どうしよう。

私。…………ドキドキし過ぎて、中畑先輩と話せなくなってる。

次いでに咄嗟の嘘とはいえ、……何故に肉!?

どうしてあのタイミングで肉を連呼……。ないわ。


ほんと、……ない。

< 169 / 206 >

この作品をシェア

pagetop