さよならは言わない

尊に肩を抱き寄せられたまま社長室を出て行くと、そのまま尊の部屋である専務室へと連れて行かれた。

専務室へと向かう間も尊は私の肩から手を外すことなく強い力で抱き寄せられていた。

そんな様子を受付にいた秘書らに見られていたが、秘書たちの表情はあまり良い印象は受けなかった。

きっと、派遣社員が尊にちょっかいを出していると、そう思われているに違いない。

制服を着ているわけでなく私服姿のままで仕事をする派遣社員は、首から派遣社員と分かるように名札を下げている。

その名札を見て秘書たちのヒソヒソ声が僅かだけど私の耳に聞こえてくる。

尊に案内され専務専用の部屋へと入ると、そこは社長室のような広さはないが同じように大きな机がドアの真正面に置かれ、社長室の様な重厚な雰囲気がそこにも漂っていた。

机の背景には大きなガラス窓がありそこから見える景色の素晴らしいオフィス街に目が釘付けになりそうだ。


「社長室と同じ様に素敵な景色が見えるのね」

「気に入ってくれた?」

「え……ええ」


尊に手を引かれソファーへと座らされた。私が座ると隣に尊も腰を下ろし深々とソファーに座った。


「本気であんなこと言ったの?」

「ああ、本気だ。美香の父親として法要をしてやりたい。俺にもそのくらいの権利があっていいだろう?」

「美香の父親だから、結婚しなくても貴方が法要くらいしても良いわよ」

「この手に抱けなかったんだ。あんなに可愛い女の子の写真を見せられたんじゃ俺の胸の苦しみも取れやしない。せめて俺に出来ることをあの子にしてやりたい」


尊がこれ程自分の子どもへの愛情を示すなんて想像していなかった。
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