さよならは言わない

「辛いのにどうして会っているの? 無理矢理彼がヨリを戻そうとしているの?」


ヨリを戻そうとしているならまだマシな話だ。

尊はそう思っていない。一時的に楽しもうとしているだけ。私が尊を裏切ったと思っているからには私達が復縁することはまず考えられない。


「違うのね。彼といると辛いのに、それでもあなたは会いたかったの?」


どうして尊の契約を断らなかったのだろう?

ああ、そうだった。断れば、派遣会社に私がやってもいない悪行を訴えられ二度と派遣会社で働けない様になるからだ。

それを恐れて私は尊の申し出を受けたのだ。

これって、脅迫と同じだよね?

でも、断ることも出来たのに断らなかった。

それは、私が嘘でもいいから偽恋人でもいいから、もう一度尊と一緒に居たかったから。

まだ、尊への気持ちを忘れられないから。


「辛いけど、やっぱり一緒に居たいと思ってしまって。私って馬鹿ですよね? もう、彼の気持ちは私にないって分かっているのに……」


また、同じことを繰り返している。

逃げられないと思い込んでいるだけで、私がNOと言えば尊の契約を断ることも出来るのに。

仕事だって、派遣会社に頼らなくてもパートやアルバイトを探して何でもいいから仕事を探せばいいのに。


「彼と一緒にいると幸せを感じるの?」


一緒に居ると辛いけれど、それでもやっぱり嬉しいと思ってしまう私がいる。

だから、頷いていた。そんな私を見て先生も呆れたと思う。

でも、私はやっぱり報われなくても求めてしまう。優しくされると錯覚してしまう。

尊はもしかしたら私の元に戻ってくれたんじゃないのかって。

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