さよならは言わない

スーツ姿の尊と一緒に食べるお好み焼きはちょっと変な味がする。

セレブを思わせる装いと女受けする容姿端麗な姿に店内の女性客の視線を浴び、それらがお好み焼きの味をすっかり変えてしまっていた。

尊の所為ではないのだけど、でも、やっぱり尊の外見に惹かれる女性達の視線が私には痛い。

相変わらずどこへ行っても尊は女性の視線を浴びて嫌な気分を味わう。

それが食事を美味しく感じさせなくなる。


すると、食欲もなくなり早く店を出たいと思ってしまう。



「また少ししか食べなかったな。それじゃ本当に体を壊してしまうぞ」

「落ち着いて食べられないから。尊と一緒にいると喉を通らなくなるの」


それは単なる八つ当たり。女性達の視線は尊が思わせぶりをして集めた視線ではないのに。

無視しても女性が放っておかないだけなのに。


「周りの視線が鬱陶しいなら外食はしないほうがいい」


尊の言う通りだと思う。尊とはもう一緒に食事に行くことはない。


「大丈夫よ、家でゆっくりご飯食べた方が気が楽だから。尊は恋人と一緒にレストランへ行けばいいわ」

「あの程度の量だから食べ足りないだろう? 食べたいものあればテイクアウトしよう」



そんなに気遣ってくれるなんて嬉しくなるよ。

偽りの恋人関係だけど契約だからそんなに優しくしてくれるの?


それでも、私は嬉しくて尊に甘えたくなる。

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