さよならは言わない

夕食にと尊がテイクアウトしたのは、尊の顔からは想像出来なかったハンバーガーだった。

尊でもこんなもの食べるんだとちょっと意外だった。

高級料理しか食べないのかと思っていたから。


尊の庶民的な感覚があることに嬉しくなっていた。

私のアパートへ帰ると早速ハンバーガーを食べていた。

尊の前なのに遠慮することなく大きな口を開けてハンバーガーを食べた。

ご馳走でも何でもないのに、たかだかハンバーガーなのにとても美味しくてお腹も心も満たされていく気がした。


「コーヒー飲むでしょう?」

「絵里の淹れるコーヒーってインスタントなのに美味しいよな」

「尊はブラックよね?」

「ああ、それでいいよ」


まるで昔に戻ったように幸せに感じる。

こんな幸せな時間がずっと永遠に続けばいいのにって、そんなバカな事を考えていた。



「あら、もうこんな時間? 尊はそろそろ帰らなきゃ」

「今日も泊るよ」


尊のお泊り宣言に思わずドキッとしていた。

昔もこんな風に言ってくれた。熱い瞳をした尊が泊るという時は必ず肌を重ねるという時だ。

昔ならその言葉が嬉しくて夜は眠れなかった。

けれど、今はそんな気分にはとてもなれない。

私達の関係は期間限定のものだから深い仲になることは許されない。


「心配するな。絵里の体調を気にして一緒に眠るだけだ。手は出さないと約束する」


そのセリフは嬉しいのか悲しいのか自分でもよく分からなかった。

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