絶対、また彼を好きにはならない。

再会のエレキテル

顔をあげたその瞬間、懐かしい香りがわたしを包む。
時間がゆっくりと流れた。
黒スーツを着こなしネクタイを緩め、革のビジネスシューズを踏み鳴らしそのまま去っていく。
「た…」
『拓未』
そう呼ぼうとして、自分で口を塞いだ。
そんなわけない。
私はスカートの裾をはたき、由香里を追いかけた。

***

「それで、咲耶ちゃんは普段どんな仕事をしてるの?」
「ホテルのイベント企画課で働いています。事務仕事ばかりなんですけど…」
「そうなんだ、お仕事楽しい?」
「はい!でもこれからどんどん企画任せてもらえるように、頑張らなきゃなぁって」
ふと由香里の方を見ると、親指を立ててにこっと笑ってくれた。

思ったよりこのお店は落ち着いていて、テレビで見たりするよりも素敵な世界だな、と思った。
今目の前に座っているサラリーマン風の男の人も、熱心にわたしの話を聞いてくれる。

「よーし、じゃあもう一杯飲んじゃおうかな。さやちゃんも飲む?」
「あ、じゃあ、一口だけ。」
最初は緊張していたけど、お酒をつぐのにもだんだん慣れてきた。
由香里に肩を叩かれる。これがお客様交代の合図。
「それじゃあまた、遊びに来てくださいね!」
「もちろん、さやちゃんが呼んでくれたらいつでも飛んでいくから!」
ありがとうございます、と出来る限りの笑顔で応え、席を立った。

次2番テーブル、と耳元で由香里が囁く。
「あんたほんと人気あるね、働いちゃえば?」
「ちょ、それは無理だってば!」
「分かってるって」
由香里がけたけた笑う。

次は40代くらいの男性と、同い年ぐらいの
「あ」
「あ」
…さっき、ぶつかってしまった人だ。
由香里はもうすでに、男性2人の間に座りボトルをキープしている。
私は仕方なく、3人から少し離れて座った。

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