絶対、また彼を好きにはならない。
「…ふー」
安心して、ひとつため息をつく。

2人との会合を終えたあと、私は明後日の試食会のための商品リストを作成する仕事にあたり、また先輩方に先を越されぬよう全力で取り組んでいた。

作成し終わり、ファイルを保存する。
少しのびをして、時計を見ると12時を回っていた。

先輩方や後輩達はそれぞれにランチに行ったり、居残り組はみんなでお弁当などを各自並べている。いつもは私もそこに混ざっていくのだが、もちろんそんなことをしたら何をされるか分からないので、お弁当は時間をずらして屋上で食べると決めていた。

主要の先輩方が出ていったのを見て、出来た資料を印刷しに行く。

印刷室には幸い誰もいなかったので、少し安堵した。

コピーをしながら、いろいろなことを考える。

…拓未は、先輩にコーヒーをかけられた私を見て、どう思ったんだろう。
昔の拓未はいつもそういうとき、ずっとそばにいて、何も言わなかった。
無理しないで、そのひとことで。
そのひとことで、私は安心できた。

がんばれと言わない優しさ。
それを彼は知っていた。

…でももう今の拓未は昔とは違うから、きっと今日の夜あたり探ってくるんだろう。
邪気のない、悪い子の目で。


そして、間宮さんの優しい表情を思い出す。
何も聞かない優しさ。

…間宮さんはたぶん、
昔の拓未に似てるんだ、たぶん。

「お仕事お疲れさまでーす」
「お昼休みまで仕事して大変だねー」
ぶくくっという笑いとともに先輩たちが狭い印刷室に入ってきて、体が震える。

私はコピーが終わったことにも気づいていなかったので、急いでコピーした資料をファイルにまとめて、胸に抱く。

はやく、ここから出なくちゃ。

…カチャ
そんな思いとはうらはらに、誰かが後ろ手で鍵を閉める。ドアの前に立ちふさがるように居る彼女達を突破することは難しい。

私はずっと下を向いている。

「…北原さぁ、間宮さんとどういう関係なワケ?」
…1番、触れられたくない名前。
この会社の中で、唯一の私の味方。

「…上司と部下です」
声が少し裏返ってしまった。

「そんなわけないでしょ。じゃあなんであんたのためにあんなに必死になったの?」
「だから、上司と部下だからです!」

…やばい。響いてしまったかもしれない。
自分から出た大きな声に自分がびっくりして口を抑える。

「…なにそれ。ますます怪しい」
「ただの部下をああやってかばう?」
「…どうせもう寝てるんでしょ」
印刷室に高笑いが響く。

握りしめた拳が爪を立てる。

間宮さんにだけは、迷惑をかけたくない。
絶対、絶対に。

恋愛感情じゃない、そういうのを超越した尊敬を私はしている。
間宮さんに信頼してもらえるように。
そうやって、頑張っているのに…

「ってか、他社から来てる清水さんも狙ってるんでしょ、あんた」
意外な名前の登場に、私は顔を上げた。

「うわ、その表情図星じゃん。」
「この前給湯室でたまたま助けてもらったときも、お得意のセリフで落としたんじゃないの?」
「悲劇のヒロインぶるのはもう様になってるもんねー」
また、高笑い。

…なんとなく、違う感情。
この人たちの口から拓未の名前が出ることに動揺してるのかもしれない。

「ほんと、調子のってんじゃねーよ」

その声を合図にしたように、周りが私に近づく。
手に持っているものは… 鈍色に光る。

「やめっ…て…ください」
状況が理解出来ない。

私は逃げようとして壁にぶつかる。
それを待っていたかのように2人が私を壁に押さえつけ、1人がはさみをシャキシャキ鳴らす。

「ひゃっ ほんとに…やめてっ」
はさみを持つ先輩が私の髪の毛を思いっきり引っ張った。

「痛っ」
激痛。
こんなの小学生以下だ。

「うーん…私は、北原は髪型ショートが似合うと思うなぁ」
周りがくすくす笑っている。

助けて…お願い
助けて………


涙が滲むのが分かる。

「たっ………くみっ…」

助けて、昨日みたいに。

助けて……




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