絶対、また彼を好きにはならない。
「はひっ?!」
「だーいじょうぶだって!にこにこして、お客さんの話聞いとけばいいだけだから!」
「でもわたし、お酒弱いし、あんまりスタイルよくないし…」
「そんな長い足してよくいうわ。大丈夫、おんなじテーブルにはあたしが絶対いるようにするから、ね、お願い!ピンチなの!」
「えぇ……うん…… わかった」
「じゃあ今日家まで迎えにいくから!じゃあね!」
電話が切れた。
ここは給湯室なので人が来ることはあまりないが、もし聞かれていたら恥ずかしすぎる。
由香里が働くキャバクラの人手が今日1日足りないのでピンチヒッターをしてほしい、とのこと。
私はそういう世界に対して正直嫌悪感があるけど、最近はお客さんへのおもてなしに力を入れているので心配入らないと理にかなっているようなかなっていないような説明を受け、丸め込まれた。
そんな場所で上手く笑えるはずがない…

携帯の画面を見るともう15分以上休憩を過ぎていたので急いで戻ろうと足を踏み出す。

そのとき隣の準備室から先輩たちが喋っている声がした。

「…ってか、正直北原さんって調子乗ってない?」
急に自分の名前が出てきてどきん、とする。
「かわいいのはわかるけど、なんであんなに噂が多いわけ?本人が誤解されるような行動とってるとしか思えなくない?」
「正直昨日の好きな人いる発言も引いたよね。あんなみえみえの嘘信じると思ってんのかなー」
「前方位ウケ狙ってるんでしょ。どうせ、私達のことなんて男探しに夢中になってる悲しい人としか思ってないのよ」
「ってか実際目つき悪いよねー」
コツ、コツ
ばらつきのあるヒールの音と笑い声が遠ざかっていく。

前にもなんどかこういう悪口はあった。
でもなんとなく今回はいきなり後ろから殴られたような感覚に襲われる。

……そんなつもりじゃない。
そんなつもりじゃない。

だったらハナから無視してくれればいいのに。虐めてくれればいいのに。
きっと彼女達は明日も、消えない噂を燃やし続けていくんだ。

悔しい。
悔しい。

涙は出なかった。
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