女神の箱庭
エルリオの自宅は、ウェポリニ-スカンパニ-本社ビルの最上階にある。

『ほへ~毎日のように見てるけど、やっぱデカイな』

聳え立つビルを見上げながらユキカゲが唇を尖らせた。

『寄って行きます?
久しぶりに姉さんの手料理でも・・・』

『あ-・・・すまん、仕事があんねん。
また次の機会に頼むわ』

エルリオの言葉を遮り、ユキカゲが苦笑いを浮かべながら携帯電話を見せた。
マナーモードになっており、音は聞こえないがディスプレイはけたたましく光っている。

『そうですか・・・。
一つ訊ねたいのですが・・・』

突然、真面目な顔でエルリオはユキカゲを見つめた。

『ん?』
ユキカゲはキョトンとした表情で見つめ返す。

『大学の近くにあるヴィーナスホテルで今日、グレンダという人物が講演を行っているのは知ってますか?』

『お-知ってるで。危険思想を振り撒いて金を稼いでいるオッサンや。
確か、¨スピア¨にもマ-クされているんやったな』

ユキカゲの返答にエルリオは一瞬周りを窺った後、口をユキカゲの耳許に近づけた。

『僕は彼の思想を支持しています』

エルリオは小声で更に続ける。
『ヴィーナスゲ-ジの外・・・つまり、外界に眠る真実を僕は知りたいんです』

『外界に眠る真実?』

ユキカゲは鋭い視線をエルリオへと向けた。

『ええ・・・法律では、軍だけしか外界へは行けないことになっていますが、これは極めて危険なことなんです』

『外界は化け物だらけや。一般人が行く方が危険やろ』

『外界には人類の歴史が眠っています。
技術などのかつての文明の手掛かりが遺産として残っているわけなんです。
それを軍だけに掌握させておくなんて・・・ヴィーナスシステムの欠陥としか言いようがありません。
このままでは、いずれ高度な技術力を手に入れた軍によってク-デタ-が勃発しヴィーナスシステムは破壊されるでしょう』

『そういうことを考えたくなる年頃やな。
でも、空想や妄想は映画や本の中だけにしとき』

ユキカゲが宥めるように肩に手をおくが、エルリオは話すのをやめようとはしない。

『これは姉さんにも話しましたが、僕は大学を卒業したら政治家を目指します。
そして、システムによる独裁体制を排除し民主主義国家を実現しようと思っています。
人間は機械の家畜ではない・・・』

そう言って悔しそうに唇を噛みしめるエルリオに、ユキカゲは軽く首を横に振る。

『ほな、もう行くわ』

『ユキカゲ・・・。
僕は間違っているのでしょうか?』

エルリオの問いにユキカゲは何も答えないまま振り返り背を向けた。

『ユキカゲ・・・!』

『自分の道は自分で決めたらええ。
そこに間違いも正しいもあるかいな』

ユキカゲは呟くようにそう言うと、ヒラヒラと手を振りながら雑踏の中へと消えて行った。






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