ご褒美は唇にちょうだい
「いいなぁ、それ。じゃあ、私の快気祝いにしてもらおうかな」


「イタリアンのジオットを貸し切りましょうか」


「うんうん、そうしよう」


未来のことを話す操の顔が明るくて、束の間安堵する。

最近では、不安なのは俺だけなのではないかと思えてくる。
衰えていく操に感じるのは得体の知れない恐怖だった。

死という魔物が操の腕を掴んで、するりと連れて行ってしまうのではないか。
そんなことが脳裏を過る。

操の望み通りにと誓いながら、操を万が一失うことになった時、自分が正気でいられる自信もない。


「久さん」


呼ばれてはっと意識を戻す。
俺は今、また不安を顔に出していなかっただろうか。

操が俺を見て儚く笑った。


「明日はやっぱり家にいたいなぁ。だらっとするの付き合ってくれる?」


「いいですよ。好きな映画でも借りてきましょう。ケーキも買ってきます」


「久さん」


操の声質が変わった。
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